現在放送中の月9ドラマ『信長協奏曲』で主演を務めている小栗旬。これまでの"キレ者"という信長像を一新する熱演で、上々の評判を得ている。ただこのドラマ、放送前から1つ話題になっていたことがあった。
それは「小栗が山田孝之に電話をかけて、秀吉役をオファーした」こと。アラサーのいち俳優がキャスティングに関わることは極めて異例であり、「プロデューサーや芸能事務所を飛び越えて声をかける」なんて、業界のルールでは考えられない。さらに、3年前の映画『荒川アンダーザ ブリッジ THE MOVIE』で共演したときも同じパターンだったという。つまり、小栗にはそれを実現させる"何か"があるのだろう。
脇役、脚本協力、声優もこなす
そもそも『荒川アンダーザ ブリッジ THE MOVIE』は、小栗本人が「村長役をやりたい」と手を挙げ、それに山田を巻き込んだものだった。大のマンガ好きである小栗は、実写化作品となると、主演だけでなく脇役でも出演するし、声優や脚本協力もこなしてしまう。自分よりも、作品や役柄のクオリティを考えて立ち位置を決めているのだ。だから、どんなに気に入ったマンガがあっても、「オレが主演やる!」と我を通すわけではない。
実際、「大ファン」と公言している『HK 変態仮面』(13年)が映画化されたときは、主演に鈴木亮平を推薦し、監督・脚本は『東京DOGS』(09年)でタッグを組んだ福田雄一に声をかけ、自らは脚本協力という形で関わっていた。ここまでやれば、もはや"陰のプロデューサー"と言えるだろう。
もちろん自らの出演作品も多い。特に『花より団子』(05年)での大ブレイク以降はマンガ実写作品への出演が増え、ドラマでは『名探偵コナン』(06年)、『花ざかりの君たちへ』(07年)、『獣医ドリトル』(10年)などに加えて来年1月クールも『ウロボロス』に出演。映画でも『クローズZERO』(07年)、『岳-ガク-』(11年)、『宇宙兄弟』(12年)、『ルパン三世』(14年)に出演したほか、アニメでも『RAINBOW』(10年)、『キャプテンハーロック』(13年)、『ドラえもん』(14年)などの声優を多数こなしている。自分と同じファン目線を意識した上で、覚悟をもって演じているのだ。
マンガではないが、"小栗旬プロデュース"と言えば、『リッチマン、プアウーマン』(12年)で演じた日向社長のIT企業「ネクストイノベーション」のTシャツを手がけていた。その他にも、サングラス、スニーカー、シルバーリング、タオル、パスポートケース、携帯ストラップなど、多くのアイテムをプロデュースしている。とにかくフットワークの軽い人なのだが、これだけやっていて銭ゲバの印象が全くないのもスゴイ。それはスタッフだけでなく、視聴者たちも、小栗の仕事に対する姿勢を知っているからではないか。
16歳のときから映画監督の志
その姿勢が最も表れていたのは、2010年に監督を務めた映画『シュアリー・サムデイ』。そのとき小栗は27歳で、俳優としては最年少の監督デビューとさわがれていた。素晴らしいのは多忙な中、『花ざかりの君たちへ』で出会った脚本家・武藤将吾と、密かに企画を進めていたこと。さらに、キャスティングしたい俳優リストを作り、水面下で当たっていたという。「さすが」と思わせるのは、今年『花子とアン』の嘉納伝助役でブレイクした吉田鋼太郎を重要な役柄で指名していたこと。一般への知名度ではなく、実力や映像の仕上がりを第一に考えられるからこそ、その若さで監督業を実現させられたのだろう。
本格的に俳優業をはじめた16歳のときから「監督をやりたい」と公言していたことにも驚かされる。1998年当時の小栗はドラマ『GTO』で細身のイジメられっ子役を演じていた。高校生役と言えば、のちの『クローズZERO』『信長協奏曲』と比べるとその違いに歴然とさせられる。今では信じられないが、『ごくせん』に出演する2002年ごろまでは役に恵まれない日々が続いたのだ。映画監督経験だけでなく、不遇の若き日々も、現在の活躍に反映されているのではないか。
「オレどうでしたか?」の客観性
舞台監督の父を持つ生来のセンス、不遇の時期を乗り越えた経験、あふれる情熱と人なつっこい性格……年齢や立場の上下を問わず、小栗の言葉に耳を傾け、協力する人は多い。
とりわけ藤原竜也、綾野剛、鈴木亮平、瑛太、三浦春馬ら、同世代の俳優に対する求心力は凄まじく、まさにライバルというよりも同志。私も彼らが居酒屋で語り合っている姿を目撃したことがあるが、「ケンカしているの?」と思うくらいの熱さだった。彼らは思い思いに「こうあるべき」「いやオレはこうありたい」と話していたが、「いい作品にしたい」という芯の部分は同じ。単なる演技論ではなく、テレビ・映画・舞台など日本のエンタメ界全体のことを本気で考えているのだ。
われわれ取材陣も、共演者のモチベーションを上げ、スタッフに気配りしている小栗の姿を知っているから、つい応援したくなってしまう。さらに、会見やインタビューでもサービス精神があり、見出しになりそうなフレーズを言おうとしてくれる。基本的に俳優は、役柄を演じているとき以外口数の少ない人が多いのだが、プロデュースやディレクションもできる小栗はその真逆。インタビュアーである私に「オレのコメントどうでしたか?」「作品どう思いましたか?」と尋ねられるオープンマインドと客観性を持ち合わせていた。
このことは小栗が出演した『情熱大陸』が史上初の2週連続放送になったことからも分かる。さまざまなトップランナーたちを追いかけている同番組のスタッフが引き込まれてしまうほどのタレント性。現場でも画面でも、男女を超えて愛されるエンタメ界きってのタレントなのだ。
再び障害者や凶悪犯の役が見たい
小栗はいい意味で「代表作がない」俳優ではないか。『花より団子』の花沢類、『花ざかりの君たちへ』の佐野泉、『キサラギ』(07年)の家元、『クローズZERO』の滝谷源治がそれに近いのかもしれないが、「これがいい」というよりも「全部がいい」というイメージに近い。
ただ、私が最も印象深いのは、2000年の『Summer Snow』で演じた聴力障害者役と、2009年の『スマイル』で演じた凶悪犯役。主演の堂本剛と松本潤を食ってしまうほどの存在感だっただけに、今後は再び脇役としての小栗にも期待したい。
もちろん小栗のことだから、映画監督や舞台演出をやるかもしれないし、もっと大きなことを考えている気もする。芸能界のしきたりや力関係よりも、作品の質を優先させるため、その発言にハラハラさせられることもあるが、現在演じている信長以上に大暴れする姿が見たい。
■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。