商談の最中や試験日など、「ここぞ」というときに限ってトイレにかけこんだことがある人は少なくないだろう。もし頻繁にそういうことが起きるようならば、その原因は過度の緊張によるストレスや不安感によるものかもしれない。
強いストレスや不安とおなかの関連性について、桐和会グループの精神科医・波多野良二先生に話を伺った。
緊張や不安による「過敏性腸症候群」とは
下痢や便秘、ガスがたまって下腹部が張るなどの症状で、大腸の機能異常が原因のものは「過敏性腸症候群」と呼ばれる。
この病気では、レントゲン・内視鏡などの検査をしても重大な異常は認められない。過度の緊張や不安感などによって神経伝達物質が増えたり減ったりして、それが腸の運動をつかさどる自律神経の変調を引き起こすのだ。また、「暴飲暴食」や「乱れた生活習慣」もこうした症状の背景となる。
波多野先生によると、「過敏性腸症候群」は下記の種類に大別できるという。
下痢型……軟便や水のような水様便、粘液が付着する粘液便が頻繁に起こる
便秘型……コロコロとした便で出にくく、排便後もすっきりしない
交替型……下痢と便秘を繰り返す
波多野先生は「特に下痢型は、緊張を強いられる職種の方々や受験生に多いですね」と話す。
事例
都内のメーカーに勤める営業職のBさん(40代・男性)は、取引先に商談に行くといつも下痢に悩まされていた。商談の事前に、コンビニなどトイレがあるところを下調べして用をすませていたが、症状がひどくなり「再びもよおすのでは」という不安感で商談にも集中できなくなった。ついに接待や人を伴った食事もできなくなり、半ばうつ状態で精神科を受診。下痢止めと抗不安薬を処方してもらったところ、徐々に症状が改善していった。
「Bさんの場合は、緊張による下痢型の過敏性腸症候群で仕事もままならない状態でした。下痢止めなどの服用はあくまで対症療法であり、根本的な治療ではありません。ただ、職場の異動や転職はそう簡単にできるものではないですし、生活の質が極端に低下するケースでは薬の力を借りるのも治療のひとつですね」。
「下痢型過敏性腸症候群」のための薬が登場
うつ病や不安障害においては「セロトニン」という神経伝達物質が関わっているが、この物質は実は腸の動きにも関係がある。
「ストレスによって腸のセロトニンが増えると、腸のぜん動運動(胃腸の内容物を先に先にと送り出す動き)が異常なほど活発になり、下痢の症状を引き起こします。そこで、セロトニンを遮断して腸の異常なぜん動運動を抑える薬『ラモセトロン』が発売されました。治療の選択肢が増え、症状をうまくコントロールできることが多くなりました」。
当初は薬に頼ることもあるかもしれない。しかし、症状が軽くなり徐々に自信を取り戻していき、「最終的には薬無しでも大丈夫になるのが理想ですね」と波多野先生は語る。
今回は下痢型過敏性大腸症候群の治療法を中心に紹介した。便秘型、交替型にも適切な治療法がある。いずれも消化器科で対応可能なことが多いだろうが、なお症状が続くようなら精神科で相談してみてはいかがだろうか。
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記事監修: 波多野良二(はたの りょうじ)
1965年、京都市生まれ。千葉大学医学部・同大学院卒業、医学博士。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会総合内科専門医。東京の城東地区に基盤を置く桐和会グループで、日夜多くの患者さんの診療にあたっている。