「本屋に住みたい」

それは、読書好きであれば一度は抱く夢だ。とはいえ、現実的に考えて「本屋に住む」ことは不可能なので、「住めたらいいよねー」ぐらいのノリで終わってしまうことがほとんどだろう。

だが、その夢を現実にした書店があった。1963年に神戸で創業した大手書店チェーン「ジュンク堂書店」である。同書店は、Twitter上の「ジュンク堂に住みたい」というつぶやきをきっかけに、1泊2日の「ジュンク堂に住んでみるツアー」というそのまんますぎるイベントを開催したのであった。

「ジュンク堂に住んでみるツアー」参加者募集!

「本屋、しかもジュンク堂に住める」という読書好きの夢がかなうチャンスだけあり、イベント関連ツイートは1万9,000リツイートされるほどの反響。ツアーの定員は3組6名にもかかわらず、6日間の募集期間中に約2,800通の応募が殺到したという。倍率は何と933倍…非常に狭き門となった。

高倍率をくぐり抜けた幸運な6名は、11月1日~2日の1泊2日、東京・内幸町のジュンク堂書店 プレスセンター店で、好きに本を読んで過ごすという権利が与えられた。本レポートでは、「住まい」としてのジュンク堂書店や、本屋で暮らす「住人」たちの声をお届けする。果たしてジュンク堂の住み心地は?

「小さい」からこそ住むのにぴったり

まずは3組6名の「新居」を紹介しよう。ジュンク堂書店は「B1階から9階まで全部ジュンク堂」である池袋店のような超大型店も多いのだが、プレスセンター店はワンフロアのみで広さは125坪と、比較的小さめの店舗だ。

「ジュンク堂書店 プレスセンター店」店内

同店でイベントを実施した理由として、プレスセンター店店長兼イベント添乗員の工藤淳也さんは「3組6名が1泊2日で泊まって本を読むのにちょうど良い広さだから」と語る。広すぎる店舗では、お互いが読書をしているという空気を感じられず、ただ読んでいるだけになってしまう。「本屋に泊まる」という特別な出来事を共有するためには、この広さがベストなのだとか。

店内は広くないが、霞ヶ関から徒歩圏内で、大企業の本社がひしめく千代田区内幸町という土地柄、政治・経済・金融などのビジネスパーソン向けの専門書が充実しているのが特徴だそう。

「住む」にあたっては、食事やお風呂、寝床も重要な要素。夕食は、外食又は持ち込みで済ませる。入浴は、趣のある銭湯 金春湯へ。住人の中には銭湯に行くついでにラーメンを食べてきたという人もいた。

寝床はキングジムが提供するキングジム「着る布団&エアーマット」(通称:オフトゥン)。その名の通り、着ることができる寝袋のようなアイテムだ。エアーマットはマットレスとしての使い方以外にも、丸めて枕にしたり、たたんで椅子にしたりすることができる。読書を楽しむためには快適な環境を作ることが大切だ。

キングジムキングジム「着る布団&エアーマット」(通称:オフトゥン)。Twitter上のやりとりがツアーへの製品提供につながったのだそう

思い思いの格好で読書を楽しむ住人たち

17時にジュンク堂へ「入居」した住人たちは、オリエンテーションを受けた後、自由時間を過ごす。比較的小さい店舗といえど、並んでいる本は約15万冊。時間はイベント終了の翌朝8時までは15時間あるものの、入浴や食事、睡眠時間を引いたら、読む時間が足りないと感じるかもしれない。

それぞれ「住人」と「添乗員」(ジュンク堂書店員)のタグを付ける

本屋で本を読むときは、立ったままが一般的だが、住人たちは自由な姿勢で読むことが許されている。棚により掛かる、うつ伏せで見る、あお向けで本を持ち上げて、椅子に座って…、エアーマットや持参したアウトドアチェアーを活用しながら、お店ではできないスタイルで読書を楽しむ。これもジュンク堂に「住んでいる人」だけに許された特権なのである。

自由すぎる姿勢で読書を楽しむ

羨ましすぎるくつろぎっぷり

読みたい本がある棚の前を陣取り、じっくりと読み込む住人たち。特定のジャンルの本を中心に読む人もいれば、ふだんは読まないようなジャンルの本を求めて、店内をぐるぐる歩き回る人も。読書スタイルにそれぞれの個性が表れている。

読んだ本は返却棚に戻すルールとなっており、自分や他の参加者がどんな本を読んだかがひと目で分かる。お互いに本や作家をおすすめしあうことも楽しそう。

読んだ本は本棚に戻さず、返却棚へ

住人たちがこのツアーに参加したきっかけは、SNSで募集告知を見たからという声がほとんど。もちろん「本が好き」という人ばかりであったが、Twitterを使った告知や情報提供から、気軽に申し込めたという人が多かった。

会場では、佐賀県からお茶とお菓子の差し入れも。佐賀県は、丸善&ジュンク堂書店とのコラボレーションによる、本と佐賀名産のお茶やお菓子をセットにした本ギフト「ほんのひととき」を企画発売中。住人たちは、店内でお茶とお菓子をつまみながら読書するという、何ともぜいたくなひとときを過ごした。

差し入れを行ったFACTORY SAGAの中島さんと「ほんのひととき」(商品画像は夏バージョン)

果たしてジュンク堂の「寝心地」は?

本に囲まれて思い思いの時間を過ごした後は、食事と入浴。その後また自由時間を挟んで、消灯時間は夜25時ごろ。住人はレジ前の睡眠スペースに集まり、エアーマットを敷いて眠りについた。

ここで気になるのはジュンク堂の寝心地である。住人たちは、気持ちよく眠れたのだろうか? 一夜を過ごした住人たちは、「読んでいたら眠くなって寝落ちした」「読書していたら気持ちが良くなって、電気がついていても眠れた」「『住む』という企画だから、『本を読む』だけではなく『寝る』ことも体験しようと思った」と振り返った。

工藤店長は「皆さん眠らないで本を読み続けるかと思いましたが、消灯後はよく眠っていらっしゃるようでした。寝心地が良かったようで何よりです。朝5時半に起床されてすぐ本を読み始めたのにはびっくりしました(笑)。もうちょっとぼんやりされるかと思ったんですけどね」とコメントした。ちなみに工藤店長らは、夜に備えて栄養ドリンクを用意していたそうで、住人が心地よくジュンク堂に住むための裏方として奮闘していた様子が伝わってきた。

1泊2日は「あっという間」

同イベントは、初めて実施されるモニターツアー。そのため、7時から行われた感想報告会では、工藤店長らと住人による、ツアーについての意見交換も時間を掛けて実施された。

ツアーの感想を求められた住人は、「本好きが集まって話せるのが良い。普通の本屋では知らない人と好きな本などについて話すことがないから。その点も考えると、これぐらいの規模と人数がちょうど良さそう」「本屋で寝転がって見たことで、下段の棚に並んでいる本もじっくり見ることができた。ふだんあまりほとんど目につかないので、『こんな本があるのか』と新鮮な発見があった」「読みたい本はたくさんあって、1泊2日があっという間だった」と、ジュンク堂を十二分に満喫できた様子であった。

住人の声に耳を傾ける工藤店長

読んだ本については「特に『読む本はこれ』と決めてきたわけではないのでパラパラといろいろな種類やジャンルの本をざっくばらんに読めた」という声もあれば、「マニアックな本も多くてよかった」「読みたいビジネス書がたくさんありすぎて迷った」という人も見られた。

一方、次回からの改善点としては、「時間が足りなかったので、もっと早めのスタート時間にして欲しい」「一カ所ではなく、いろいろな場所で寝たかった」「椅子があればもっとよかった」などの意見が寄せられた。

工藤店長は、住人たちの感想を聞いて「プレスセンター店は、土地柄ビジネス書が多いのですが、楽しんでいただけて何よりです」とイベントの成功を喜んでいた。

また、次回について、「時間が足りないとの声がありましたが、睡眠時間などを考えるともっと早くから始めても良いかもしれません。募集にあたっては『1人でも参加したい』という声もたくさん頂いたので、それも含めて次回に生かしていきたいです。また、キングジムさんや佐賀県さんのように、他社とのコラボレーションや協賛などについても考えたいと思います」と語った。

シメは「住民票交付」で、正式な「ジュン区(堂)」民に

最後に、1泊2日をジュンク堂で過ごした住人たちには工藤店長から「丸善&ジュン区 特別住民票」が交付された。名実ともに「ジュン区(堂)の住人」となった参加者たちは「ジュンク堂に住めてよかった!」と満足げな様子であった。

店長改め工藤丸善&ジュン区長が住民票を交付。住人たちは、住民票の他に「ほんのひととき」と「着る布団&エアーマット」もおみやげとして持ち帰った。

次回の開催予定は未定だが、もし行われるならば倍率は今回以上となりそうだ。次の「ジュンク堂住人」になりたい人は是非、激戦を勝ちぬいて「本屋での暮らし」を満喫してほしい。

次の住人はあなた…かもしれない