アメリカが、シリア領でも武装勢力「イスラム国」への空爆を開始した。これまでイラク領内だけで行っていた空爆を、シリアへ拡大したのは、アメリカが「イスラム国」にターゲットをしぼって勢力掃討に本腰を入れることを意味する。

というのは、シリアでの空爆は、シリア領内で「イスラム国」と戦っているアサド政権を利することになるからだ。アサド政権は、アメリカにとって敵対勢力であるが、「イスラム国」攻撃のためにはアサド政権と同調することもやむなしと考えている節がある。アメリカはさらに、アメリカと敵対するイランにも「イスラム国」攻撃では同調を呼びかけている。

今回の空爆に、中東の5カ国(サウジアラビア・ヨルダン・UAE・カタール・バーレーン)が参加した意味は大きい。この5カ国は、イスラム教スンニ派が支配する親米国家であるからだ。オバマ大統領は当初スンニ派勢力である「イスラム国」を空爆することを躊躇していた。空爆が、中東のスンニ派国家との関係に悪影響を及ぼすことを懸念していた。

イスラム教には、スンニ派・シーア派の2大宗派がある。サウジアラビアなどスンニ派が支配する国には親米国家が多く、シーア派が支配するイランはアメリカと敵対関係にある。ところが、イラクではそれが逆になっている。イラク戦争でアメリカと戦って敗れ、2006年に処刑されたサダム=フセイン元大統領が、スンニ派アラブ人であったからだ。フセイン政権崩壊後、イラクでは、アメリカの指導のもとシーア派主導で新政権が作られた。ところが、そのシーア派政権が、今やスンニ派「イスラム国」の攻勢で弱体化している。

アメリカは、サウジアラビアなどスンニ派主要国の支持を得て、「イスラム国」の攻撃を強化できるようになった。サウジアラビアは、「イスラム国」につながる過激派勢力の活動が中東全体に広がることを恐れ、空爆参加を決断した。

ところで、アメリカが「イスラム国」攻撃にこだわる理由は何だろうか? 経済面の理由ははっきりしている。イラクは、フセイン政権崩壊後、親米国家となることが期待されていた。親米国家となったイラクで、日米欧の資本が参加して、戦後復興や資源開発を行っていく方針であった。実際、日本は官民をあげてイラク復興に投資してきた。

このまま、「イスラム国」がイラクで勢力を拡大して南部の油田地帯まで制圧すると、日米欧中心の早期イラク復興が不可能になるだけでなく、これまでに投資した資金が回収できなくなる懸念があった。イラク復興を軌道に乗せることが、空爆実施の経済的背景と考えられる。

執筆者プロフィール : 窪田 真之

楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。