右ヒジ靭帯(じんたい)の部分断裂により戦列を離れていた田中将大(ヤンキース)が9月22日、75日ぶりにメジャーのマウンドに帰ってきた。約2カ月ぶりにメジャーの強打者を相手にしても、背番号19はものともしない。5回と3分の1イニングを投げて5安打1失点にまとめ、13勝目(4敗)を挙げた。

痛めていた右ヒジの状態を考慮して球数は70球だったが、最速93マイル(約150キロ)をマークするなど、復活への第一歩を刻んだ。だが、同じケガにもう悩まされないという保証はどこにもない。そこで、田中が"完全復活"をとげるために必要な要素は何なのか、検証してみた。

スプリットが増えた背景には、「ただ打ち取るだけではなく、心理的に空振りを取りたいと働いた面があったのではないか」と、自然身体構造研究所の吉澤雅之所長は分析する

硬いマウンドがけがの元凶か

そもそも田中だけではなく、近年は日本人メジャー投手の受難が続いている。ダルビッシュ有(レンジャーズ)は今シーズン終盤に右ヒジ炎症で故障者リスト入り。さらに、海を渡った先人たちを見ても、松坂大輔(メッツ)や藤川球児(カブス)、和田毅(カブス)らがトミー・ジョン手術を受けている。

投球フォームや体の使い方といったスポーツの動作分析に詳しい「タイツ先生」こと自然身体構造研究所の吉澤雅之所長は、メジャー特有の「マウンドの固さ」によって生じるフォームの変化が、体への負荷を増やしている可能性があると指摘した。

だが、それ以外にも、体への負荷を増やしかねない要因があるという。吉澤所長が指摘するのは、打者のスイングの違いがもたらす投球フォームへの影響だ。

空振りが取れないメジャーリーグ

「メジャーの打者はほとんどが『ステイバックスイング』。つまり、ボールを極限まで引きつけて体の近くで打つスタイルです。一方、日本人の多くは前でさばくスタイル。この違いで一番変わるのは、『アメリカでは空振りが取りにくい』ということです」。

日本では空振りが取れていたボールでも、引きつけてから振るメジャー打者の場合、空振りせずにバットに当たる確率が高くなる。

「メジャーに挑戦するような投手は、皆さん日本では欲しいときに空振りが取れていた投手です。それゆえ、空振りが取れたはずのボールをバットに当てられると、無意識のうちに『今度こそ空振りを』と力が入ります。さらに、日本ではほとんど空振りが取れていた外角球でさえ、メジャーではホームランにされる恐怖感も加わります。繰り返しになりますが、負荷の大きな『投げる』という行為に乱れが生じるだけで、その負荷はさらに大きなものになります」。

田中の場合、空振りを取るために日本時代よりもスプリットの球数が増えた。これも、腕の負担増を招くという。

「スプリットは上から押さえつける投げ方です。(使用している)ボールも日本とは異なるので、より腕への負荷は増えたと考えられます」。

打たせて取るへの意識改革

今回、手術はせずにリハビリによる回復の道を選んだ田中。ただ、今のままでは再び故障する可能性も考えられる。そこで参考にすべきなのが同じヤンキースの黒田博樹の投球スタイルだ。

「黒田投手はよく、『あまり曲がらないようにスライダーを投げる』と言っています。空振りではなく、いかに打たせて凡打にさせるか。この意識改革が田中投手にも必要ではないでしょうか。いうなれば、『あまり落ちないスプリットを投げる』という考え方が故障を防ぐ道につながると思います」。

「意識を変える」といっても、そう簡単なことではない。それゆえ、これまで多くの日本人投手が対応に苦労してきた。だが、田中はプロ入り以来、常に変化をし続けてきたことで、今の地位を築くことができた投手だ。その「変化できる能力」にこそ、光明があるのではないだろうか。

「もともと、田中投手は常に全力で投げる投球スタイルでした。でも、トレーニングによって体が大きくなり、精神的にも余裕ができたことで、メリハリのある投球ができるようになりました。全力投球時代は、上半身に力が入りすぎたことで体重移動のタイミングが早くなっていましたが、メリハリのある投球スタイルに変わったことで『ため』を作ることができるようになりました。その結果、エネルギーを効率よく増加させて、重量級のような重い球質のボールが投げられるように進化したんです」。

まい夫人の内助の功も"変身"のカギに

日本で24勝0敗だった昨年、田中はピンチになると「ギアが上がる」と評されたように、メリハリをつける投球スタイルの素地はすでにできている。窮地に全力を注ぐためにも、それ以外の場面では極力エネルギーのロスを少なくするような投球をする意識を持つことが大切だというのだ。

そして、投球スタイルの変化とともに、あらためて「食生活」も見直してみるといいのでは、と吉澤所長は話す。

「靭帯(じんたい)はトレーニングで鍛えることはできませんが、しっかりとした食事でより丈夫で弾力性のある靭帯(じんたい)にすることはできると思います。食事はもちろん、普段の水も重要です。よく『水が合う・合わない』なんて言葉を使いますが、日々摂取するものの積み重ねで丈夫な体ができる、ということを再確認したいですね」。

日本にいたときも「内助の功」としてまい夫人の手料理が話題にのぼることが多かった。今後もますます、夫人の助けが必要になってくるのは間違いない。

トミー・ジョン手術の可能性もあったガケっ縁の状況から、見事に復活した田中。移籍1年目は高い"代償"を払いながらも、日米の野球の違いを実感することができたのではないだろうか。今後ケガをすることなく、来シーズン以降も今年前半戦のような大車輪の活躍を見せてこそ、田中の完全復活といえる。

そのため、来年からはこれまで以上に投球の「中身」もしっかり吟味していく必要があるが、プロ入り以来常によい方向へと変わり続けてきた右腕が今後、どのような変化を遂げていくのか。刮目(かつもく)してその姿を見届けるとしよう。

※タイツ先生/1963年生まれ、栃木県出身。本名は吉澤雅之。「自然身体構造研究所」所長として、体の構造に基づいた動きの本質、効率的な力の伝え方を研究している。ツイッターでのつぶやきもおこなっている。

週刊野球太郎

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