日本代表デビューを華々しく飾ったFC東京・武藤嘉紀の魅力とは

現役の慶応ボーイにして、新生日本代表でも一番星の輝きを放つFW武藤嘉紀。所属するFC東京でも活躍中の黄金ルーキーがハビエル・アギーレ監督を魅了した理由を探っていくと、華やかな肩書や端正な顔立ちとは対極に位置するプレースタイルと謙虚な姿勢が見えてくる。

「慶応ボーイ」が描くサッカー人生の青写真

ワールドカップ・ブラジル大会でJ1が中断していた期間を利用して、FC東京は所属選手にキャリアパスを設定させている。キャリアパスとは経営学用語のひとつで、次のように定義される。

「仕事の経験やスキルを積みながら自らの能力を高くしていくための順序を系統立て、将来の目的や昇進およびキャリアアップのプランを具体化する」。

FC東京の立石敬之強化部長によれば、キャリアパスには選手がメンタル的に自立しているか否かが反映されるという。これまでの経験から、「目の前の結果に一喜一憂することなく、コツコツと目標を積み上げていける選手が上へ登っていける」という傾向も把握している。

ならば、まばゆいスポットライトを浴びている話題のルーキーで、慶応義塾大学経済学部4年生でもあるFW武藤嘉紀のキャリアパスには何が描かれていたのか。成功を収めるための条件を満たしていると、立石強化部長がその一端を明かす。

「目標がはっきりしている。1年目は10ゴールと新人王、その後に日本代表と書いてありましたね」。

元代表が語る武藤の魅力

キャリアパスを先取りする形で、武藤はハビエル・アギーレ新監督に率いられる新生日本代表に大抜擢(ばってき)された。9日のベネズエラ代表戦では堂々の初ゴールをマークし、アギーレジャパンの初得点者として歴史に名前も刻んだ。

アギーレ監督は8月11日の就任会見で、日本代表選手の選考基準として

(1)将来性がある

(2)代表に入ること、国を背負うことに意欲的

(3)個人ではなくチームでプレーして貢献できる

――の3点を挙げている。

このうちの「将来性」については、サッカー関係者が異口同音に「いままでの日本人にはいない」「スケールが大きい」と武藤に最大級の評価を与える。FC東京の先輩で、同じドリブラーでもある元日本代表のMF石川直宏もこう絶賛する。

「ゴールへの最短距離を、相手をかわすのではなく直線的に目指していく。僕とはタイプの異なるドリブラーですよね。迫力があるし、怖さを与えるという点で相手にとっては嫌でしょうね」。

年代別の代表に選出されたことのない武藤のこれまでのキャリアを見れば、「国を背負うことの意欲」がどれだけ強いのかは言うまでもないだろう。武藤の携帯電話には、偶然にも同じ施設に居合わせた本田圭佑(当時CSKAモスクワ)と一緒に収まった数年前の写真がいまも大切に保管されている。そのときに抱いた「いつかは同じ日本代表の舞台で」という夢も、アギーレジャパンの初陣でかなえたことになる。

常に貫く「泥臭さ」と「献身的なプレー」

ベネズエラ戦から中3日で迎えたヴィッセル神戸戦(味の素スタジアム)では、武藤が見せた「チームへの献身性」が輝きを放った。後半23分。左サイドから得意の直線的ドリブルで相手ゴールへ迫る武藤は、ある計算を働かせていた。

「キーパーを含めた全員が絶対に自分のシュートへの用意をしていたはずなので、相手を十分に引きつけた上でフリーとなっていたエドゥー選手へのパスを選びました。自分が、自分が、という姿勢も大事ですけれども、仲間をうまく使うことも体現できたと思います」。

サイドをドリブル突破してから中へ急旋回して、トップスピードに乗ったまま上半身を強烈にひねってシュートを見舞う。日本代表でも披露した十八番のパターンをあえておとりに使う。武藤の機転が慌ててエドゥーの前に飛び込んできた相手DFのハンドを誘発し、FC東京がPKで均衡を破った。

守備に目を移せば、武藤は前線から相手のボールホルダーとの距離を猛然と詰めてプレッシャーをかける、いわゆるプレスバックを絶対に怠らない。現役の慶応ボーイの肩書がもたらす華やかなイメージや甘いルックスとは対極に位置する選手であることを、武藤本人が誰よりも自覚している。

「自分のよさは泥臭さであり、攻守において献身的に戦う姿勢だと思っている。練習をおろそかにすれば成長は止まってしまうので、日々の練習から全力で取り組んでいきたい」。

2年後に設定されている海外移籍

FC東京の育成組織で育ちながら、慶応義塾高校3年の夏に打診されたトップチームへの昇格を自らの意思で断った。当時の武藤には、弱肉強食のプロの世界で生き抜いていくための武器と覚悟がなかった。

大学で自分自身をゼロから鍛え直し、自信を得たときにプロに挑む。18歳で設定したキャリアパスを武藤は3年間で成就させ、卒業に必要な単位を取得した上で、体育会サッカー部を円満退部。愛着深いFC東京に加入した。

22試合でマークした8ゴールは堂々のチームトップ。威風堂々とプレーする姿はアギーレ監督が掲げる3つの条件をもクリアしたが、武藤本人は決して浮かれることなく、謙虚に自らの現在位置を見つめている。

「代表でやらせていただいて、技術やメンタルでもっとレベルアップしなければならないと思いました。注目していただけるのは喜ばしいことですし、このプレッシャーを力に変えて結果を出せれば、一選手としてさらに成長していけるはずなので」。

武藤のキャリアパスには「2年後には海外へ」とも記されている。立石強化部長は「そうなると、あと1年半しかウチにはいないことになるよね」と苦笑いしながら、代表入りを早々にクリアし、1年目に立てた2つの目標との距離も瞬く間に縮め、スターへの階段を一気に駆け上らんとする22歳に目を細めていた。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。