VAIOの流通施策における大きな懸念材料とはなにか。それは、ソニー時代のVAIOの量販店展開とは大きく異なる、あるひとつの施策の結果、生まれるものだといえる。
ソニー時代には、量販店店頭に在庫するモデルを用意。さらにさまざまなユーザーの要求に対応するため、仕様を柔軟に選択できる「VAIO OWNER MADE(VOM)」と呼ぶ仕組みの2つの販売方法を量販店店頭で行っていた。つまり、在庫モデルと受注モデルの2つの仕組みで対応していたといえる。
ところが、VAIO株式会社では、量販店店頭では、店頭在庫は一切行わない販売手法を用いている。これはe-ソニーショップでの展開でも同様だ。
VAIOでは、量販店やe-ソニーショップに対する販売においては、「ソニーストアと提携した形で展開する」と表現するが、ここでいうソニーストアとは、ソニーマーケティングが運営する直販サイトのことを指す。従って量販店店頭からも、ユーザーが自宅で直販サイトから直接購入するのと同じような手続きを踏むことになるのだ。つまり、これはかつてのVOMと同じ仕組みを採用したものだ。
量販店における、VAIO販売の仕組みはこうだ。
量販店店頭では、専任の売り場担当者などが対応する。ここで対応しているスタッフは、かつてVOMの売り場を担当していた経験者が約7割を占めるという。
なかには、「VAIOが復活すると聞いて、思わず涙が出てきた。すぐに売り場のスタッフ募集に応募した」という経験者もいたという。その点では、VAIOの特徴をよく理解したスタッフが販売対応しているということになる。自宅で直販サイトとにらめっこしながら悩むよりは、量販店のVAIOコーナーを訪れた方が間違いのない購入ができるというメリットがある。
だが、ここからが一般的な在庫モデルの販売とは異なる。
ユーザーが購入したいPCが決まると、その仕様をまとめ、伝票として発行し、店頭から発注。約1週間後にユーザーの手元に、VAIOから直接配送される形になる。そして、余談ではあるが、ソニーマーケティングと量販店の契約形態も、販売したPC1台あたりの売上高と粗利が計上されるのでなく、販売手数料という形で計上される。
この仕組みは購入者にとってはストレスが残る場合があるだろう。というのも、購入者は量販店店頭を訪れても、その場で製品を持ち帰れないからだ。これは、多くの購入者にとって、なんとか改善してもらいたい点だろう。
ヨドバシカメラ マルチメディアAkibaの御代川店長も、ビックカメラ有楽町店の塚本店長も、「VAIOの立場はわかるが」としながらも、「売る立場からすれば、その場でお客様に持ち帰っていただける方がいい」と口を揃える。
では、なぜVAIOは、購入者に不便をかけながらも、店頭在庫を持たない仕組みを採用したのだろうか。
実は、量販店在庫を持つことで、メーカーの負担は一気に増加することになる。というのも、在庫モデルは見込み生産を行わなくてはならず、それが不良在庫の温床になる可能性があるからだ。
だが、VOMのような受注生産体制であれば、そうした問題は一切考えなくていい。つまり、経営を安定させるには、受注モデルの仕組みの方が適しているともいえる。だが、その分衝動買いを減少させたり、他社の在庫モデルに流れてしまうという懸念材料がないともいえない。
もしかすると、どこかのタイミングで、売れ筋の特定モデルだけを店頭で在庫販売するという施策が開始されるかもしれない。だが、それはVAIOの経営が安定することが絶対条件となる。それまでは、残念ながら、すぐに持ち帰るという購入の仕方は、当面できないと考えていたほうがいい。
これは、BtoB領域でも同様だ。BtoB向けには、大塚商会、シネックスインフォテック、ソフトバンクコマース&サービス、ダイワボウ情報システムの4社のディストリビュータが流通を担当する。
基本的には、ディストリビュータ4社では在庫を持たず、2次店やユーザー企業からの受注を得てから、ソニーマーケティングへ発注し、製品を出荷するという仕組みだ。そのため、納期に関しては在庫品による流通に比べて時間がかかるという点がマイナス面となる。
大手企業対象では短納期が実現できないことは、あまりマイナスにはならないが、VAIOがターゲットとするSOHOや中小企業では短納期はマイナス要素になる可能性もあるともいえよう。
一方で、リアル店舗のソニーストアにとっても、VAIOの取り扱いに対しては、知恵を絞り始めている。
東京・銀座、名古屋・栄、大阪・梅田にあるソニーストアでは、今年2月にソニーがPC事業の売却を発表して以降も、在庫が無くなる4月までは、ソニーブランドのVAIOの展示販売を行っていた。だが、4月から6月末まではVAIOの展示はまったくないという状況が続いた。
前回の連載でも触れたが、ソニーストアにとって、VAIOは全売上高の約5割を占める中軸中の中軸製品。これがまったく展示できない状況は、一時的とはいえ大きなマイナス要素になった。
ただ、PC事業売却の報道があった直後には、消費税増税前の特需があり、デジタルカメラの販売が加速。さらに、Windows XPのサポート終了後の影響があり、全体の落ち込み具合は最小限に抑え込むことができた。
その点でも、VAIOの取り扱いの変化の波が影響するのは、まさにこれからだといえる。
現時点ではVAIOブランドのPCは、3機種すべてを展示しているが、やはりVAIOの販売構成比は減少傾向にある。そうしたなかソニーストアでは、ポストVAIOとして、デジカメ、タブレットなどの販売に力を注ぐ一方で、引き続き、根強いVAIOファンにも応える姿勢を示す。
その取り組みのひとつが、「まるまるアシスト」の提供だ。
ソニーストアでは、ソニーブランドのVAIOを発売している時点から、「まるまるアシスト」と呼ぶサポートを独自に用意。VAIO購入者の約5割が契約していたという実績を持つ。
まるまるアシストでは、加入者専用の電話窓口を用意して、利用の際の疑問点を問い合わせたり、操作でつまずいた場合などには直接対応する仕組みを構築。また、初期設定や操作などに関するトラブルを解決するための冊子の提供や、専用ウェブページを通じて、利用する際の困りごとを解決する情報を提供しているのが特徴だ。
ソニーストアでVAIOを購入するユーザーは、購入後の安心感を求めるユーザーが多い。直営店であるからこその特徴だといえよう。それだけに、ソニーがPC事業を売却すると発表したことで不安感を持つユーザーは少なくなかったという。
「ソニーストア大阪のお客様のなかには、VAIOが無くなってしまうことに不安を覚える声も多かった」と語るのは、ソニーストア大阪のVAIO担当、成田秀樹氏。「しかし、7月以降、ソニーマーケティングが国内総販売店としてVAIOを取り扱い、ソニーストアでもVAIOの展示販売を継続的に行えることが説明できるようになり、それを聞いた多くのユーザーが安心してくれた」とする。
ソニーストアでは、VAIO株式会社に事業移管後も「まるまるアシスト」を継続的に提供することを決定し、引き続き安心して購入してもらえる環境を維持するという。
「ソニーからVAIOに移行しても安心して利用してもらえることを、改めて訴えていく必要がある。ソニーストアでの展示販売を継続することは、ユーザーに安心を与える意味でも効果があるはず」とソニーストア大阪の堺本浩司店長は語る。
ソニーストアにとっても、ソニーブランド以外の製品を、徹底したサポート体制によって販売するというのは初めてのこと。ここでも新たな挑戦が始まっている。