WordPressの運営ポリシーがソフトウェア産業の構造改革を行う先駆となる
通常のソフトメーカーが提供するのは、ソフトウェアを使用するライセンスや技術サポートであり、全てがお金で買える権利である。一方でマット氏が提供するのはライセンスではなく、環境である。世界中に存在するコミュニティが、ソフトウェアを多言語化する環境、機能拡張する環境、学べる環境を作り、運営していくのである。この環境にはWordPressに興味がある方は誰でも参加できる。
このように説明すると、単純なオープンソースコミュニティ(以下、OSSコミュニティ)を想像する方が多いと思うが、WordPressは従来のOSSコミュニティとは参加しやすさが圧倒的に違うのである。
以下、WordPressのコミュニティの活動の卓越ぶりを証明する数字をいくつか紹介する。いずれもWordCamp Kansai2014におけるプライム・ストラテジーの大曲 仁氏、謝 永佳氏、嵯峨 宗忠氏の講演「Asian WordPress & Community」から抜粋している。
コミュニティによるWordPressの対応言語数 : 65か国語 (出典:WordPress.org2014年5月)
これは世界中のソフトウェアの中でも群を抜く業界トップクラスの対応言語数である。コミュニティによる多言語対応日数 : 数日以内
新バージョンが出てから平均で日本1.8日、中国3.2日、その他の国も数日以内にローカライズを完了する国が多い。一般的なソフトウェア企業であれば、多言語化に早くても1カ月はかかり、長いと3カ月だったり半年だったりする。これはローカライズの権利を得た担当者が限定されるため、仕事の優先度によって、1カ月から数カ月もかかるのである。WordPressの場合は対応できるメンバーが対応をするため、とても迅速にローカライズできるのである。もちろんWordPressのソフトウェアとしてのローカライズのしやすさも大きい。WordPressのプラグイン数 : 31,761
エンジニアが自由に参加し、3万を超えるプラグインが開発されている。これもOSSとしてはかなり多い部類である。WordPressのイベント回数 : 日本国内で169回(WordPress日本語版イベントカレンダーより集計:2014年5月)
これは、2.1日1回の割合で日本のどこかでWordPressのイベントが開催されている計算になる。これほど多くのイベントが開催されているソフトウェアがほかにあるだろうか。[番外] WordPressボードゲーム
WordPressが主題となったボードゲームが作られ、コミュニティイベント会場で楽しまれている。このボードゲームはファレン・マスタミン氏(現:プライム・ストラテジー・インドネシア ビジネス開発部長)が中心となり制作したものである。ボードゲームになったITソリューションを私は聞いたことがなく、WordPressが如何にコミュニティに愛されているかという裏付けの1つであると考える。
ここまでの説明でWordPressのコミュニティが如何に活性化しているかがわかると思う。特に注目していただきたいのは31,761というプラグインの数である。これはWordPressを活用したオリジナルのソフトウェアが31,761個あるという感覚に近い。
ビジネスの話になるが、あるソフトウェアをインストールしてくれる会社と、インストールしてくれるだけでなく、開発まで行ってくれる会社があるとすれば、ほとんどのユーザは多少高くても後者の会社に発注するのではないだろうか。この「開発できる」という点のビジネス価値はかなり高いのである。
WordPressに3万を超えるプラグインが生まれた背景には、「開発しやすい」や「コミュニティに参加しやすい」などがある。この環境が、欧米のITソリューションによって大半がユーザと化したアジア諸国のシステムインテグレーターをメーカーに変え、アジア地域のソフトウェア産業の構造を変える可能性があると私は考えている。
プラグインを開発することで顧客の要件を実現し、さらに差別化ができるようになるので、多くのインテグレーターがプラグインの開発を進めている。そうやって、開発したプラグインが多くなれば、先進的なインテグレ―ターはやがてそれらを体系立てていき、開発作業を支援するソリューションを提供していくと考える。欧米と比べて、ソフトウェアメーカーが少ないアジア地域で、WordPressから多くのソフトウェアメーカーが生み出されるのも時間の問題だろう。
このビジネスモデルは、以前圧倒的な世界シェアを獲得したロータス Notesのものと似ている。多くのインテグレーターがNotes上で多くのアプリケーションを開発し、世界的な大きなビジネスを生み出した。2001年には世界シェア49%(出典:IDC, June 2002)、日本国内シェア59%(出典:UNIX/NT Business Package Software Marketview 2002)を実現した。
NotesとWordPressは時代もソリューションの種類も違うので、一概に同列で比べてはいけないのかもしれないが、ビジネスに参加するためには認定を受けなければならないNotesと、誰でも参加できるWordPress。グループウェアがターゲット市場であるNotesと、全てのWebソリューションがターゲットになるWordPress。両社を比べるとWordPressはNotesよりもはるかな大きな規模で成長していく可能性が高いと私は考えている。
事実WordPressは世界の7000万サイト(出典:WordPress.org 2014年6月)で稼働しており、世界のトップ1000万サイトのうち22.4%がWordPress(出典:W3C TECHS 2014年6月)となり、現在も上昇中である。その規模はNotesをはるかに上回るものである。
Notesはロータスが買収され、シェアを落としていったが、WordPressは買収されることはない。6月に開催されたWordBench 東京やWordCamp Kansai2014 でもマット氏は「WordPressを生み出したAutomatticが買収されたり、万が一のことがあったとしてもWordPressが健全に運営されるようWordPress Foundationを説立し、各種権利やソフトウェアを管理、運営している」と発言しているとおり、株式で運営されていない業界団体が買収されることはないことを強調している。
給与や仕入れが発生しない業界団体はつぶれることはない。WordPressはWordPressが魅力的である限り生き続け、コミュニティに参加する世界中のメンバーが改良し、進化させていくのである。
軌道に乗ったオープンソースのモデルほど強力なものはないと私は考える。その理由は資金を必要としないエコシステムが確立されているからである。参加するための資金が必要ないエコシステムは参加障壁が低く、大きなエコシステムになりやすい。事実、ここまで説明してきたとおり、すでに大きな市場を作っているのである。