B級グルメにご当地キャラ、映画・ドラマのロケ誘致と、地域おこしの手法にもいろいろあるが、難読地名を逆手にとった町のPR大作戦だってある。兵庫県宍粟市、千葉県匝瑳市のケースがそれ。宍粟に匝瑳……さっそく読み方に困った人も多いだろう。
「平成の大合併」で難読町村名も姿を消す
かつて「全国難読町村サミット」なるものがあった。「読める? 読めないでしょう、だったら覚えてね」を合言葉に、難読町村が、互いに協力しながら地域振興を図っていこうという集まりで、北は北海道の弟子屈町(てしかがちょう)から南は鹿児島県の頴娃町(えいちょう)まで、全国40あまりの町村が参加していた。
この全国難読町村サミットは、平成11年(1999)から政府主導で行われた市町村合併、いわゆる「平成の大合併」を契機に自然消滅する。歴史ある難読町村名もまた、合併によって消えてしまったりしたためである。
「宍粟」が「穴栗」に……宛先違いは日常茶飯
その一方で、「平成の大合併」は新しい難読市名を生むことにもなった。兵庫県では、県の中西部に位置する山崎町、一宮町、波賀町、千草町の4町が合併して、2005年に宍粟市が誕生する。「宍粟」は「しそう」、難読である。
もともと4町は共通して宍粟郡に属しており、宍粟の郡名が市の名前になったので全く新しいというわけではないが、市の名はいわば地元の顔のようなもの。難読ゆえに由々しき事態も頻発した。市外の人たちからは「あなぐり」や「ししぐり」と読まれ、漢字表記でも「穴栗」「宍栗」と間違われるなど、がっくりとくることが続いたという。
「国土地理院から市名の誤表記郵便が届いたり、民間キー局の市名表記のテロップが間違っていたり、誤表記は数えきれません。全国や近畿の市長、教育長会議で席札表記に間違いがあったこともあります」(宍粟市まちづくり推進部・西嶋義美さん)。
知名度アップ大作戦「安易にひらがな表記をしない」
しかし、こうした事態に宍粟市は敢然と立ち向かった。読めない、書けない、どこにあるか分からないでは「宍粟市のイメージアップやブランド力の低下を招きます。間違われないためにはそもそも宍粟市の知名度を上げる取り組みが必要」(西嶋さん)と、2012年度より「宍粟市知名度アップ大作戦」が展開されることになった。
宍粟という地名は、播磨の国の開拓神「伊和大神」の本拠地である宍禾郡(しさはのこおり)をルーツとする。また、宍粟は、黒田官兵衛が秀吉から「宍粟郡一職」の地位を与えられて領主となり、飛躍へのきっかけとなった土地でもある。こうした歴史と伝統から、住民の宍粟へのプライドや愛着も並々ならぬものがあったようだ。
宍粟市をPRするCMコンテストを実施し、優秀作品をインターネット上の動画サイトなどで放映するなどという「宍粟市知名度アップ大作戦」は、難読を逆手にとった町のPR作戦として多くのマスコミが報道するところとなり、一定の成果を上げるに至った。
「マスメディアで取り上げられたこともあり、市外のたくさんの皆さまから励ましの手紙をいただきました。宍粟市出身の方々からも、ふるさと宍粟がなつかしく誇らしいと言っていただきました。残念ながら、まだ全国区というわけにはいきませんが、宍粟市の封筒やパンフレット、名刺、メール署名などにも『しそう』とルビを付けて漢字表記の宍粟を守っていきたいと考えています。安易にひらがな表記をしないようにしています」。
「読めない! 書けない! どこにある?」をキャッチに
こうした宍粟市の知名度アップ作戦に共鳴し、「難読地名で町のPR」のための交流事業を行っているのが千葉県の匝瑳市である。八日市場市と野栄町が合併して2006年に誕生した、九十九里浜の面する千葉県北東部に位置する市で、両町が匝瑳郡に属していたことから匝瑳市となった。
「匝瑳」は「そうさ」と読み、文春新書『日本の珍地名』(竹内正浩著)の中で宍粟市とともに「難読・誤読地名番付」の「横綱」とされた市であるが、こちら匝瑳市も難読横綱ゆえの大きな悩みを抱えていた。
「地名を電話などの口頭で伝える時、例えようがなくて『匝瑳』の漢字を伝えるのに苦心します。どこにあるかも分かってもらえず、銚子市や成田市など近隣の市を基準に説明することもあります。旧市名の八日市場市の方が分かってもらえることもありました」(匝瑳市産業振興課商工観光室・伊藤利謹さん)。
こうした悩みをなんとかしようと、匝瑳市では「読めない! 書けない! どこにある?」をキャッチフレーズにした「匝瑳市観光ガイドブック」を発行するなど努力を重ねている(スマートフォンアプリ「マップルリンク」にも対応)。
「難読」で連帯し、宍粟市と匝瑳市が合体!?
2012年には、宍粟市で開催された「さつき祭り」に匝瑳市も出店、匝瑳市のご当地ヒーロー「ハリキリ戦隊ソーサマン」が宍粟市のご当地マスコット「森の妖精しーたん」とステージ共演を果たした。
ステージは「ソーサマン」と「しーたん」が合体して「難読戦隊しソーサたーん」に変身し、宍粟市を「アナグリ市」に変えようとする怪人「アナグリ男」を退治するというもの。難読地名東西横綱の分かりやすい交流はマスコミにも取り上げられ、両市はテレビのバラエティー番組や報道番組に登場するなどかなりのPR効果を得た。
宍粟市は、市内の赤西渓谷が大河ドラマ『軍師官兵衛』のタイトルバックのロケ地に選ばれたほどであり、緑豊かな景勝地が広がっている。匝瑳市は風情ある里山があり、日本有数の植木の町としても名高い。両市とも、難読地名以外にもたくさんの魅力を持った町であることも付け加えておきたい。
●参考文献
『日本の珍地名』(竹内正浩著・文春新書)