米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、今年2月の就任以来、「労働市場の改善は不十分」、「だから、金融緩和が必要」という旨の発言を繰り返してきた。インフレへの警戒から金融政策をきつめに運営したい「タカ派」に対して、景気への配慮から金融政策を緩めに運営したいのが「ハト派」。イエレン議長は典型的な「ハト派」だ。
米国の雇用は今年2月から6か月連続で毎月20万人以上増えた。これは1997年以来のことだ。また、リーマンショック後に10%に達した失業率は今年7月に6.2%まで低下した。6%を下回ると賃金インフレが起こりやすいとされるので、かなりの低下ぶりだ。それでも、イエレン議長は、雇用者数や失業率といった「量」ではなく、パートタイマー比率の高さや長期失業者の多さといった「質」を問題視しており、労働市場の改善余地はまだまだ大きいと判断している。
FRBの金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)は、昨年12月以降、米国債等の購入、いわゆるQE(量的緩和)を段階的に減らしてきた。その一方で、政策金利を0~0.25%という極めて低い水準に維持する、事実上の「ゼロ金利」は続けている。直近7月のFOMCの声明文でも、QE終了後も「かなりの期間」ゼロ金利を維持するとの意向が表明された。そして、金融市場では、利上げ開始は2015年半ばごろとの見方が一般的だ。
ただし、やや風向きが変わってきたかもしれない。7月のFOMCでは、政策決定の投票権を持つ10人のうち1人が反対票を投じた。「かなりの期間」という声明文の文言は現状を反映していないというのが理由だった。
そして、FOMCの3週間後に公表された議事録では、参加者の見解相違が一段と鮮明になった。労働市場や物価の動向がFOMCの目標に予想以上の速さで接近するならば、「多く」の参加者が、現在想定しているより早く利上げを開始するのが適切だと考えた。さらに「何人か」の参加者は、早めの利上げを検討するのに、これまでの状況だけでも十分な材料だとみなした。
議事録を読む限り、最大の争点は、労働市場に関する判断だ。「どの程度、労働市場の改善余地、すなわち弛(たる)みがあるのか。それをどう量るのか」に関して、「参加者の見解は異なっていた」という。ただし、「多く」の参加者は、労働市場の改善がこれまでのように速いペースで進むならば、労働市場の「弛み」に関する表現を間もなく変更する必要があると考えた。これはあたかもイエレン議長に反旗を翻したかのようだ。
今後、イエレン議長が「労働市場の改善は不十分だ」と発言しても、それは必ずしもFOMCのコンセンサスとは限らない。それとも、イエレン議長は「タカ派」方向に軸足を移していくのだろうか。だとすれば、イエレン議長の「ハト派」ぶりに安心している金融市場に動揺が走るかもしれない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査室 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査室チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査室レポート」、「市場調査室エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。