誰しも"障がい者"になる可能性はある。突然の交通事故や病気によって、いつ手足が不自由になってもおかしくないからだ。また、2016年から"障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律"が施行されるため、健常者と障がい者が共存できる仕組みが改めて求められている。

Windowsも早期から障がい者補助(アクセサビリティ)機能を備えるように高い意識を持ってきた。さらに日本マイクロソフトは、CSR(企業の社会的責任)の一環として、障がい者の学習や就職をITで支援する「DO-IT Japan」プログラムを2007年から行っている。

毎年夏・秋季に障がいのある児童生徒・学生たちが大学生活を体験するプログラムや、学習問題を解決するためのテクノロジー活用プログラムなどを開催してきた。今年も8月2日から7日まで夏期プログラムを開催中だが、今回その一部を取材する機会を得たので、本稿では同プログラムに関するレポートをお送りする。

冒頭で述べたとおり2007年から始まったDO-IT Japanは、東京大学などが中心となって運営し、日本マイクロソフトは共催の形で参加してきた。過去7年にわたって開催してきたプログラムでは、障がい種別にかかわらず共通する読み書きの支援などを行っている。一貫しているのは、"入試でPCの使用が認められないケースが多い"という社会的状況に一石を投じるという点だ。

Do-IT Japanプロジェクト会長である東京大学先端科学技術研究センター教授の中邑賢龍氏は、「読字障がいや視覚障がいでペーパーテストに書かれた問題文を読めないケースや、書字障がいや上肢障がいで鉛筆を使えずに、試験を受けられないのは『合理的配慮』に欠ける」と語る。

東京大学先端科学技術研究センター教授 中邑賢龍氏

障がい者が試験を受ける上での問題点

中邑氏の説明によれば、読字障がいを持つ場合でも問題文を音声で聞くことで正しく回答し、健常者よりも正解率が高いケースも少なくなかったそうだ。また、障がい者の壁となっているのが試験現場だという。

本プログラムを始めてから、PCやワープロなどの利用が少しずつ認められるようになったが、入試などではなく定期試験などでも許可されなければ意味がない。他方で健常者と障がい者の公平性を担保するためには、何らかの制限が必要だと説明を続けた。

たとえばネットワークを切断した状態でも、漢字変換候補からヒントを得てしまうケースもあるだろう。そこで日本マイクロソフト 業務執行役員 CTO(最高技術責任者)の加治佐俊一氏は、東京大学先端科学技術研究センターが開発し、日本マイクロソフトが技術支援を行った「キッズIMEスイッチ」を紹介した。

日本マイクロソフト業務執行役員 CTO 加治佐俊一氏

同社は以前から小学生向けの辞書(Microsoft IME 2012小学生辞書)を公開しているが、あくまでもインストールし、選択した辞書の候補が優先されるだけである。キッズIMEスイッチは設定した学年で習っている漢字までしか候補に表示しないため、試験中のヒントなど不正に用いることができないという。同アプリケーションに関しては、日本のIME開発チームが開発に協力したそうだ。

「キッズIMEスイッチ」をインストールすると、通知領域に制限を設ける学年の選択メニューが現れる

こちらは小学2年生に制限した状態。「都」を習っていないため「京と」と変換される

さらに2012年に開発したIMEの変換候補として表示されたデータをロギングする「Lime(ライム)」と組み合わせることで、試験現場の公平性が担保できるという。これらはいずれも無償公開中で、誰でもダウンロードできる。システム要件などはリンク先にまとめられているので、そちらを参考にしてほしい。

「Lime」を起動した状態。こちらは2012年に日本マイクロソフトが技術支援し、東京大学先端科学技術研究センターが開発したソフトウェアだ

Limeがインストール済みの場合、入力した文字や変換候補など入力や選択した文字がすべて記録される

具体例として障がいを持つ中学生たちが模擬テストを受けるシーンも公開。WindowsタブレットにインストールされたWord上の文書ファイルを、Windowsのスピーチ機能で聞き取り、同タブレット上に答えを書き込んでいくという。学生たちは真剣に取り組み、器用にWindowsタブレットを使いこなしていたが、答えに詰まったのかマウスのホイールボタンを転がして、問題を見直しているシーンがほほえましかった。

肢体不自由な少年はタッチパッドを使って試験を受けている(写真手前)

読字障がいを持つ少女はWord上の問題文をWindowsのナレーター機能で聞き、もう1つのWordに回答を入力している

さらに加治佐氏は2つのプログラムで構成された「Do-IT School」プロジェクトを発表した。そのうちの1つである「アクセシブル テスティング プログラム」は、各種障がいを持つ小中学生を対象にWindowsタブレットやアプリケーションを提供し、学習効果を調査するのが目的だという。1例に対して教員・指導者用に1台、児童生徒用に1台から6台のWindows 8タブレットを提供する。

もう1つの「OAKプログラム」は、肢体が不自由な小中学生を対象にWindows 8ノートPC1台と、Kinect for Windowsを1台、アシストiのOAK Proライセンスを無償提供。各プログラム最大10例、合計20例の募集を行う。本プロジェクトには東芝も協力し、10.1インチの「dynabook tab S50」と8インチの「同S38」を提供する。

「Do-IT School」プロジェクトの概要。8月末から応募を受け付け、2016年3月まで実証研究が行われる

プロジェクトに参加した東芝は、「dynabook tab S50」および「同S38」が提供される

ちなみにKinect for Windowsは従来モデルを採用した。Kinect for Windows v2のSDKはRTMに達しておらず、PCに求めるハードウェア用件も高いため、現時点では見送ったという。加治佐氏によれば、今後も平行して検証を行いつつ、タイミングを見て機材を入れ替える可能性もあるそうだ。

本プロジェクトは今年8月下旬から受け付けを開始し、2016年3月まで1年半にわたる実証研究が続けられるという。詳細は8月下旬にホームページへ掲載される予定のため、そちらをご覧いただきたい。

冒頭で述べた法律に対しても中邑氏は、読字障がいなど本人に自覚がないケースもあるため、「障がい者本人自ら申し出る必要がある点に不安を覚える」と述べた。"合理的配慮"、英語にすれば"Reasonable Accommodation"の言葉どおり、試験で鉛筆の代わりにPCを使うのは、確かに合理的配慮である。

今年は日本が国連障がい者権利条約を批准した年だけに、このように障害を持つ子ども達が、健常者と同じ土俵に上がるための取り組みを素直に応援したい。そして今まで障がい者と縁のなかった筆者も、改めて考えるべきだと痛感した。

阿久津良和(Cactus)