湘南ベルマーレの勢いが止まらない。後半戦に入ってもJ2戦線の首位を独走し、最多得点、最少失点と隙すら見せない。「J2だから可能」と揶揄(やゆ)することなかれ。ブラジルの地で惨敗したザックジャパンに欠けた「勇気」と「バランス」を、ベルマーレは完璧に実践している。
縦パスを合図に発動されるベルマーレの波状攻撃
湘南ベルマーレの選手たちは、常に隙をうかがっている。相手の守備網にわずかでもギャップが生じれば縦パスを入れ、それを合図にして波状攻撃を発動させる。ボールホルダーを何人もの味方が追い越し、相手ゴール前へ迫っていく光景は実に爽快だ。
ディフェンダーを含めたすべてのフィールドプレーヤーがパッサーであり、シューターでもある。4月13日に行われたジェフユナイテッド千葉との第7節の先発陣を見れば、ゴールキーパーを除く10人が早くも1ゴール以上をマーク。そのジェフ戦も6対0で圧勝し、ベルマーレが掲げる全員攻撃・全員守備の猛威をまざまざと見せつけた。
指揮を執って3シーズン目となる曺貴栽(チョウ・キジェ)監督は言う。
「2年前も縦パスの比率は70%で、今と変わらない。それでも、パスそのものの成功率が60%から70%に上がっているので当然、相手ゴールに向かう場面は増える。確かにミスは多かったが、選手たちはトライし続けてきた。彼らが現実と必死に向き合って、努力を積み重ねてきた結果が今につながっているんです」
リーグ最多得点と最少失点をマークしている理由
縦パスはボールを失う確率も低くない。それでも、ベルマーレは徹底してリスクを冒す。相手ボールになる刹那(せつな)に意識を攻撃から守備に切り替え、相手を数人で囲む。ボールを奪い返す瞬間には意識は再び攻撃モードに入り、電光石火のショートカウンターを仕掛ける。
日本体育大学卒のルーキーながら守備的MFのレギュラーをつかんでいる菊地俊介は、チームを活性化させる好循環をこう説明する。
「高い位置でプレッシャーをかけて奪うのはウチの特徴。チャレンジする縦パスに対しては、たとえ失敗しても監督は『よかったぞ』と言ってくれる。その意味で思い切って縦パスを出せていると思う」
22試合を終えてリーグ最多の得点51、最少の失点10という数字が「攻撃は最大の防御なり」という格言を物語る。21勝1敗の勝ち点63は、2位の松本山雅に「17」もの大差をつけている。J1に昇格した2年前の20勝を早くも超えたが、指揮官は貪欲に前を見据える。
「強くなったと僕が思った瞬間に、このチームは終わる。僕はユースやジュニアユースで子どもたちを指導した経験が長いので、選手に力や技量がないと思ったことがない。『近づこうと思えば理想に追いつける』という感覚のほうがむしろ強い。サッカー選手である限り、メンタルを含めたすべてを伸ばしてあげたい。パスの成功率にしても、70%で満足することなく75%を目指さないといけない」
昨年9月の浦和レッズ戦が忘れられない理由
曺監督と選手たちが今も脳裏に焼き付けている試合がある。昨年9月28日。ホームに浦和レッズを迎えた一戦で、ベルマーレは後半アディショナルタイムに同点ゴールを喫して2対2で引き分けた。
「なぜ守り切れなかったのか」が問題ではない。なぜレッズの息の根を止める3点目を奪えなかったのか。1年でJ2に逆戻りしても、未来へ向かって真っすぐに伸びるベクトルを信じて体制が継続されたからこそ、指揮官が命名した「湘南スタイル」の完成形を追い求められる。
「リスクを冒す勇気を持てても、持ち続けることは意外と難しい。リードしている僕たちにどんどん攻められれば、後半になれば相手も守ることに疲れてくる。相手が最も嫌がることが、自分たちのストロングポイントであれば一番いいわけです」
後半アディショナルタイムに2ゴールを追加し、松本山雅を打ちのめした3月30日の第5節。ジュビロ磐田に魂で走り勝ち、試合終了の笛とともに何人もの選手がピッチに倒れ込んだ6月21日の第19節。敵地での2試合は、理想が形になりかけた90分間と言っていい。
日本代表に欠けた「勇気とバランス」を実践するベルマーレ
3‐4‐3システムの左MFで無尽蔵のスタミナとスプリント力を発揮して攻守に絡み、「湘南スタイル」の最大の表現者となっている菊池大介は「練習の段階からJ1を想定している」と笑顔で明かす。
「試合終盤になっても、きついと思う前に勝手に体が動いてくれるんです」
リスクを冒し続ける「勇気」と、自分たちにリスクをもたらさないための「バランス」。アルベルト・ザッケローニ前日本代表監督が唱え続けながらブラジルの地で実践できずに終わった2つの武器を、ハビエル・アギーレ新監督が率いるこれからの日本代表にも求められるテーマを、ベルマーレはほぼ完璧にピッチの上に描いている。
フロント側はすでに、勝ち点120獲得を想定して勝利ボーナスを本年度予算に計上している。つまりは40勝。J1を含めた開幕連勝記録を「14」に塗り替えた過去も、間もなく訪れるJ1再昇格決定という未来も、すべては「史上最強のベルマーレ」へ到達するまでのマイルストーンにすぎない。
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筆者プロフィール : 藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。