アナログ+デジタル表示のコンビネーションモデル「PRW-5000」「PRW-5100」はヒット商品だったが、改善すべき課題もまた多かった。トリプルセンサー Ver.3を搭載した後継機を開発するにあたり、開発スタッフには課題の抽出と改善が求められた。そして、PRO TREKの開発にずっと携わってきたカシオの牛山氏いわく、「PRW-5000/5100には、ユーザーから思いがけず不評な点があった」という。それは……。
カシオのアウトドアウオッチ「PRO TREK」、20年の進化を紐解く
■第1回 PRO TREK黎明期
■第2回 PRO TREK転換期
■第3回 PRO TREKアナログ化
■第4回 さらなる進化へ - トリプルセンサー Ver.3
■第5回 アウトドアウオッチのパイオニアでありトップランナー
PRO TREK - アウトドアウオッチのトップランナー
牛山「コンビネーションモデルとして出したPRW-5000、そしてマイナーチェンジ版のPRW-5100は、多くの人に使っていただいているヒットモデルです。そのぶん、ユーザーアンケートでは改善を希望される点もまた多かったんです。
例えば、竹内さんにも指摘された時計の厚さ、大きさ、高度の補正やアラームの設定といった操作の部分、デジタル表示の見やすさなどです。これらを何としても改善したい、という使命感がありました。また、PRW-5000/5100には思わぬところに不評だった部分がありまして…。そのために買うのをやめた、という方もいたんですよ。」
牛山氏「液晶窓にデジタル時計(時刻)を表示しなかったんです。カシオとしては、これは基本的にアナログ時計なんだから、デジタル窓に時刻情報を入れる必要はないと思っていました。
ところがお客様からは、針とデジタル表示、どちらでも時間を見たいというご要望が非常に多かったんです。」
このとき牛山氏は、コンビネーションモデルの位置付けに気付かされたという。「アナログ針の時刻とデジタル表示の時刻、コンビネーションモデルのユーザーはこれらを使い分けているのだ」と。
こうして2014年3月、トリプルセンサー Ver.3の高度な機能と、PRO TREKのコンビネーションモデルとして最薄となる、12.8mmのケース厚(PRW-5000より1.5mmも薄い!)を実現した「PRW-6000Y」が発売された。
デジタル窓は従来の7セグ(7つのセグメントで数字を表示する方式)ではなく、LSIに0.3mmの狭ピッチCSP(Chip Size Package)を採用することで、ドットマトリクス表示(ドットのグラフィックで文字や図形を表す方式)を実現。数字だけでなく、気圧変化を示す矢印などを自由に表現できるようになった。このおかけで、文字が大きくなり、格段に見やすくなっている。もちろん、デジタル時計も表示している。
また、大きな改良点として、りゅうずによる直感的な操作を可能にするスマートアクセスを採用。時計としての基本的な操作性が大幅に向上した。さらに、PRW-5000/5100で対処に苦慮した「デジタル窓と時分針が重なったときの視認性低下」への回答として、「針逃げ機能」を搭載している点も大きい。
デジタル窓に針が重なっている時間帯をLSIが判断し、高度、気圧、温度のセンサー計測を行うボタン操作を行うたびに、針が一時的に位置を変え(待避)、デジタル情報の視認性を確保する。なおかつ、ダイヤルとデジタル窓の双方にLEDを設置しており、暗所での見やすさにも配慮。特にデジタル窓には導光板を搭載し、液晶を均一に照らすよう工夫されている。
牛山氏「あともうひとつ、小さな技術革新があります。竹内さん(プロ登山家の竹内洋岳氏)から言われていたことのひとつに、高度計測時にも秒針を動かしてほしいというのがあったんです。高度計測中に秒針が止まるのは不安があると。
ただ、針を動かすモーターとセンサーを同時に制御するためには、LSIの負担が大き過ぎて、従来の製品では技術的に実現できませんでした。しかし、PRW-6000Yでは、トリプルセンサー Ver.3において圧力センサーの計測性能が飛躍的に向上したため、可能となったんです。」
プロ登山家・竹内洋岳氏が語るPRO TREK「PRW-6000Y」
20年にわたるPRO TREKの集大成ともいうべきPRW-6000Y。その進化を見守り、世界の一線で活躍するプロ登山家の視点からアドバイスを続けてきた竹内氏は、次のように語る。
竹内氏「今回、ヒマラヤのある地域の、まだほとんど人が足を踏み入れていないと思われる場所へ入り、『エクスプローリング』を経験する機会がありました。そのとき、腕にPRW-6000Yを着けていたのですが、今まで以上に時計を見る機会が多かったと思います。
一般的な登山と異なり、正確な地形の情報や決まったコースがありません。自分が今どこにいるのか、高度や気圧はどうなのかを教えてくれるのは、大雑把な地図とこの時計だけなんです。
PRO TREKではPRW-3000以降、高度が1m刻みで測れるようになったことは、特に重要でした。それまでは5m刻みの計測だったので、例えば私が4m80cm登っても、表示される数値は変わらなかったんです。それがこの時計では、時間、高度といった情報が常に自分の行動にリンクしている。自分と、優れた道具との間に生まれる独特の連帯感をいだきましたね。」
アナログとデジタルのコンビネーションというスタイルにも大きな意味があると、竹内氏は言う。
竹内氏「世の中には、『量として見るもの』と、『数値として見るもの』があります。量はアナログ、数値はデジタルが得意ですよね。私にとって時間は、あとどのくらい残っているか、1日の中でどの辺りなのかといった『量として見るもの』なので、やはりアナログの針で見たいんです。
一方、正確な数値を知りたい、あるいは記録したい高度や気圧は、デジタルがいい。必要なとき、必要な情報に最適な形でアクセスできるのは、コンビネーションウオッチの良さですね。これはアナログとデジタル双方の表現を可能にする、カシオのデジタル技術があればこそ。その技術が、このPRW-6000Yには十分に生かされていると思います。」
スマートアクセスへの評価も高い。
竹内氏「本当に疲労してくると、ボタンを何回押したとか、何秒長押しするとか、そんな面倒なことは考えられなくなってくるんです。『りゅうずを回して針が動く』というのは非常に直観的で、考えずに使える。これは、道具としての本質的な部分だと思います。」
デジタル技術の進化がアナログ的表現を取り込むことで、より人間の感覚に寄り添っていく。それは、カシオ計算機 取締役 時計事業部長の増田裕一氏が語った「デジタルがドライブするアナログを追求していく」という言葉とも符合する(参考記事 : BASELWORLD 2014 - カシオの時計事業部長 増田裕一氏に聞く、カシオウオッチが次のステージで目指すもの)。
20年の歴史と数々のドラマの中で、薄型化や低電力化を実現しながら進化してきたPRO TREK。シリーズ立ち上げ当初、国内にアウトドアウオッチというカテゴリーは皆無に等しかった。そんな状況で唯一の存在として孤軍奮闘し、大手時計メーカーも参入する確立された市場に育て上げた功績は偉大だ。
牛山氏「市場が大いに活性化してほしいと思っています。私たちにとっても刺激になりますし、製品進化を加速させますから。それに、このジャンルで20年やってきた経験と自負もあります。これからもアウトドアウオッチのトップブランドとして、ユーザーの方々にもっと喜んでいただける製品を提供し続けたいですね。ご期待ください。」
(了)