頂点を目指した熱戦が地球の裏側で繰り広げられる一方で、青写真よりも早く「2014 FIFAワールドカップ ブラジル大会」からの敗退を余儀なくされた日本代表。その後任監督報道が早くもかまびすしい。
元メキシコ代表監督のハビエル・アギーレ氏らの名前が飛び交う中、再出発を託す人物に求められる条件を探ってみた。
日本サッカー界が共有しているグランドデザイン
ブラジル大会以降の日本代表チームはどのような道を進むべきなのか。日本サッカー協会は1年以上も前から、技術委員会の原博実委員長が中心となってグランドデザインを描いてきた。
昨年2月に就任したU-19日本代表の鈴木政一監督、今年1月からU-21日本代表の指揮を執る手倉森誠監督と契約を交わす際に原委員長が掲げた条件から、グランドデザインの一端がうかがえる。
原委員長は両監督に対して、「A代表とチームコンセプトを共有すること」を要請している。日本サッカー界全体が同じベクトルを描き、日本独自のスタイルを構築していく壮大な挑戦の過程で迎えたのが、今回のワールドカップだった。
したがって、グループリーグ敗退の責任を取る形でアルベルト・ザッケローニ監督が退任したからといっても、A代表のコンセプトそのものは変わらない。7月1日に都内で行われた臨時技術委員会を終えて会見に臨んだ原委員長は、この4年間の流れを継続させると明言した。
「自分たちでボールを動かし、日本人独特の器用さ、テクニック、スピード、アジリティー、持久力、そして組織力を生かし、自分たちから崩すサッカーをするという方向性は間違っていない」。
攻撃的スタイルの継続とザッケローニ体制の総括
ブラジルで喫した惨敗を受けて、メディアや解説者の間では方向転換を求める声が少なからずあがった。いわく「世界と戦うには守備的なサッカーが必要だ」と。しかし、前回の南アフリカ大会で岡田武史監督が採った堅守速攻スタイルは、高さと強さを兼ね備えたセンターバック・中澤佑二(横浜F・マリノス)と田中マルクス闘莉王(名古屋グランパス)の存在を抜きには成り立たない。
翻って、いま現在の日本サッカー界でストライカー以上に深刻で、一朝一夕には解決しないのがセンターバックの人材難だ。守りを固めても、いつかはこじ開けられるのが必定。ボールを奪っても、オランダ代表のアリエン・ロッベンのように相手を圧倒するスピードを搭載したアタッカーもいない。
フィジカルを含めた「個」の能力で後塵(こうじん)を拝する以上は、武器である「組織力」を継続・発展させていくしかない。流れは間違っていないものの、ザッケローニ体制で失敗に終わった点を総括し、後任監督に求める条件としてグラウンドデザインに上塗りしていく作業も求められる。
"戦いの幅"をもたらすことができる「勝負師」が必要
4年前は意中の候補との交渉がすべて不調に終わり、代理人を介して日本サッカー協会に売り込みをかけてきたザッケローニ監督に急転直下で決まった経緯がある。異文化をリスペクトする性格で、自らの方法論や成功体験を押しつける「上から目線」を持ちあわせていなかったことは結果として奏功した。
しかし、ナショナルチームを率いた経験がなかった弊害は、ボディーブローのように蓄積されていく。早い段階から先発メンバーを固定する方針は戦い方の幅を狭め、主力選手たちのけがや不調と相まって、ブラジルの地における不可解な采配に帰結した。人格者であると同時に勝負師でなければ、アジアはともかくワールドカップでは戦えない。原委員長も会見で、その点を反省点として認めている。
「世界のより高いレベル、あるいは環境で展開に応じた戦い方(ができること)、最後は踏ん張って勝ち切るといったたくましさがもっと必要だと思った」。
すでにメディアにおいては、後任監督報道がかまびすしい。代表チームを率い、ワールドカップに代表される「世界」で戦ったという条件を当てはめれば、残念ながら日本人監督就任の可能性は極めて低くなる。岡田氏の3度目の登板も現実的にはあり得ないだろう。
日本サッカー協会に与えられた時間は多くない
現時点で筆頭候補に挙げられているメキシコ人のアギーレ氏は2002年、2010年の両ワールドカップでメキシコ代表をベスト16に導いている。修羅場をくぐり抜けた経験値の高さは条件に合致し、同じく名前が取り沙汰されているドラガン・ストイコビッチ氏(前名古屋グランパス監督)らをリードしていると言っていい。
体格が日本人と似通っているメキシコの戦い方を目指すべきだ、という声は以前から強かった。ただ、今年5月まで指揮を執ったリーガ・エスパニョーラのエスパニョールで、アギーレ氏は全体をコンパクトに保った上での全員攻撃&守備とハイプレスからのショートカウンターを武器としていた。
日本が目指すスタイルとは異なるが、あくまでもアギーレ氏の「引き出し」の中のひとつなのか。もしも同氏との交渉を本格化させるのならば、その点も確認する必要がある。チーム間のコミュニケーションを円滑にするためには、前任者が承諾しなかった日本人コーチも入閣させなければならない。
新監督は9月5日に札幌ドームで行われる国際親善試合(対戦相手未定)から指揮を執る予定だ。条件をすり合わせ、正式契約を結び、ビザを取得し、選手選考のための視察で国内外を行脚するスケジュールを考慮すれば、日本サッカー協会に与えられた時間はそれほど多くはない。
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筆者プロフィール : 藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。