「米国は日本と中国の、どちらとの関係を重視しているのか?」 普段ニュースなどに接していると、なんとなくこう思っている方も多いのではないだろうか? そこで今回は、こうした素朴な疑問に対する答えを知りたくなり、国際関係に詳しい寺島実郎氏に、お話を伺うことにした。
インタビューした場所は、東京都千代田区九段北にある「寺島文庫」。寺島氏が集めた大量の書籍が収蔵されているほか、"黒船"のペリー提督やGHQのマッカーサー元帥、フランクリン・ルーズヴェルト元大統領ら、日米関係に極めて大きな影響を残した米国人たちの直筆サインが記された本なども展示されている。
寺島氏は1時間後に出張ということもあって、筆者に与えられた時間は1時間と少し。だが、その短い時間にも、大変貴重なお話を伺うことができた。今回は、そのほんの一部を紹介したい。
日本人の国際認識の中で、決定的に欠けているのが「米中関係」
――寺島さんがテレビで、「アメリカは、日中の衝突にかかわりたくない、巻き込まれたくないというのが本音で、そこを見逃してはいけない」とおっしゃっていたのを拝見しました。そうだとすると、米国は日本と中国のどちらとの関係を重視しているのでしょうか?
経済的な側面からいえば、米中貿易の現在は、日米貿易の3倍に迫ってきています。貿易関係に限らず、アメリカ国債保有ランキングにおいても、中国は圧倒的です。日本は2位です。日本人の多くが、いろいろな意味で中国の台頭というエネルギーをひたひたと感じていると思います。中国のGDPが日本のGDPを超えたと言っていたのはつい3~4年前ですが、あと3~4年後には中国のGDPは日本のGDPの2倍になると予想されています。
つまり、中国の経済的台頭という力学と、中国の拡張主義のようなものを日本人は強く意識の中に置き始めています。こうした中、「中国の脅威にどう向き合うのか」という問いこそが21世紀日本の課題であるとと認識するのはやむを得ないと言えなくもありません。
しかし、日本単独で中国と向き合ってもとてもかなわない。そこで、アメリカに頼り、日米同盟を強化し、日米で連携して中国の脅威に立ち向かおう本能的に思っている。こうした図式の中で日本の進路を思い描いている人が大半だと思います。
ところが、残念ながら、ここに日本人の国際認識のブラックボックスがあります。つまり日本人に見えていない点ですが、その最大のキーワードは「米中関係」です。日本人は、米中関係を見る視点が決定的に欠けているのです。
米国と中国は深層的につながっている?
――「米中関係」に日本人が目を向けない傾向にあるわけですね。
日本人は、アメリカと中国の関係が見えていないので、日米で連携して中国の脅威と向き合うことが可能だと思っているわけです。アメリカと中国の関係については、書店に多くの本が出回っています。それらは、アジア太平洋を巡る米中対立の時代が始まったとか、米中覇権争いの時代到来とか、あたかも新冷戦の時代といった捉え方で米中関係を認識しようとしています。
もちろん、米中関係には多くの対立要素があるので、こうした議論に飛びつく気持ちも分からなくありません。例えば、アメリカという国の価値の中心には「人権」があります。この点から見ると、中国には多くの人権問題が存在しており、これらを指摘し始めたらきりがありません。また、知的所有権の問題、尖閣諸島、南沙・西沙諸島を巡る近隣諸国との紛争、国内の少数民族に対する抑圧問題など、米中対立の要素は山積しています。また、貿易摩擦という面でも、中国に対する米国の赤字拡大など、米中関係を表面的に観察していると、やがて両国は衝突するのではと考えたくもなります。
ところが、歴史の長い尺度で米中関係を見るとわかりますが、アメリカと中国の関係はなぐりあっているように見えても実際にはこすり合っているようであり、たとえ対立に至る要素が山積していても、両国には意思疎通を深め、お互いを持ち上げながら、問題を解決していこうとする意志が見られるのです。
――米国と中国は深層的につながっているということですか?
米中関係の底に流れているのは、英語で一言で表すと「ミューチャル・リスペクト」。つまり両国間には相互敬愛の空気が漂っているのです。
それはなぜか。第二次世界大戦の一部であった日米戦争も、中国をめぐる日米対立が原因でした。
日本はアメリカの力にねじ伏せられて敗戦に至ったと総括しがちですが、実は米中の連携に敗れたのです。アメリカで実際に生活している人なら感じることができますが、ワシントンにおける親中派・知中派、つまり中国をよく知っている人の層の厚みは、親日派・知日派の10倍は超えるだろうという勢いです。在米華僑の層の厚みもあります。
さきほど私が、なぜリスペクトという言葉を使ったかというと、やはり米国人には、東洋の文化文明の中心は中国だとの認識があり、歴史の積み重ねの中で、相手をチャンピオンとして持ち上げつつ、自分もチャンピオンとして相手からリスペクトされたいというメンタリティが相互にあるわけです。これを「チャンピオン・メンタリティ」といいます。
相互に「チャンピオン」として持ち上げる米中のメンタリティ
――米中は、お互いに尊敬し合っているというわけですか?
わかりやすくいうと、今アジア太平洋のゲームは、米中の覇権争いというより、対立の要素を内在させながらも、コミュニケーションを通じてアジア太平洋を仕切っていこうという流れを形成していこうとしているところなのです。これに気が付かないと、とんでもない認識のずれが起こってしまいます。
アメリカの外交は、自分がプライオリティをもって向き合うべき相手を設定します。それは、かつて冷戦の時代にはソ連であり、たえず敵は強いぞと持ち上げている。持ち上げて、同時に自分の強さも際立たさせていく。これを「チャンピオン・メンタリティ」といいます。
――「チャンピオン・メンタリティ」という言葉は初めて聞きました。
ここからは具体的な話ですが、習近平政権が誕生してからのこの1年3カ月くらいの動きを見ていて、誰の言っていることが本当かということをよく考えなければいけません。たとえば、習近平政権がスタートしてわずか3か月で、去年の6月、カリフォルニアで米中の首脳会談が行われました。以来、7月の第5回のワシントンでの米中の戦略経済対話、その後のバイデン米副大統領の訪中など、米中首脳会談の動きを見ていると、先ほど言った「なぐり合っているように見えてこすり合っている」という、懸案事項を山積みにしながら、米中間で意志疎通を深めて一つ一つ課題を制御していこうというスタンスだということが分かるわけです。
例えば、エネルギー問題においても、トリウム原発という、ウラン由来ではない、新型原子力の技術開発の共同研究や、シェールガスのタスクフォース協定など、いわゆる技術交流という分野を超えて、一歩一歩、米中関係を踏み固めている。日米関係は言葉の上では、「失ってはいけない同盟関係」というようなことを繰り返しているけれども、米中間で交わされている「新しい大国関係」というキーワードこそ、私が今言っていることを表現しているわけです。それは相手を大国として認識し評価して、意思疎通によって、課題を前向きに解決していく関係と言っているのです。
米国の対中政策は「エンゲージメント・ポリシー」
――日本人としては複雑な気持ちになりますね。
要するに、米国は中国を封じ込めたり、囲い込んだり、そういう対立軸をつくろうとしているのではなく、「エンゲージメント・ポリシー」といって、中国をより責任ある形で国際秩序に関与させようとしているわけです。敵対政策ではなく関与政策を明らかにとっているのです。
米中関係が見えないこととともに、日本人が持つ国際認識の最大の欠陥は、「米中対立」を祈っている人がいる人が少なくないということです。なぜなら、アメリカと中国が対立を深めてくれれば、アメリカの覚えめでたさが自分に向ってくるからと考えているからです。米中の敵対関係が深まってくれれば、私に一心に愛情が向ってくるのではないかという、心理状態に陥っていると言ってもいいでしょう。
――米中の対立を望むのは、確かに不毛ですね。
残念ですが、アメリカは米中対立を望んではいません。これは私だけが言っているのではなく、シンガポールのリー・クワン・ユーも言っています。さすがだと思います。アメリカと中国の関係は、お互いがお互いを必要だと認識しています。ここが本質なのです。
要するに私が言っているのは、日米中のトライアングルの関係を正確に見抜く必要がありますよということです。アメリカは中国も日本も大事という、冷静かつ厳粛なゲームをどんどん展開していっているわけです。
日本人に必要なのは「自立自尊」
――それが事実だとすると、米国を嫌う人も出てくるかもしれませんね。
今まで述べてきた認識に立つと、避けて通れない問題は、反米だとか、嫌米だとかいう次元の低い問題ではなく、米国と真剣に向き合って、大人の関係を構築できるかどうか。これが21世紀の日本のカギでしょう。
私は嫌米・反米という文脈で言っているのではく、日本人の根性が問われているということです。福沢諭吉の『学問のすゝめ』に書いてある自立自尊とは何かを理解することが大切です。
今日本人が正気に返って持たなければいけないのは、次元の低い反米や嫌米、中国をののしっている空気ではなく、大きなスケール感をもって21世紀をどうしていくのかという視点です。そのためにも『学問のすゝめ』を読み返してほしいと思っています。そうすれば、アメリカがどうしたとか、中国がどうしたとか次元の低い話ではなくなるのです。
日中関係、日韓関係は「段階的接近法」
――日中関係、日韓関係については、どういうふうにお考えですか。
「キャンパスアジア構想」という日中韓の大学の単位互換協定に、私自身が日本側の委員として構想の実現に動いてきました。現実に今800人の学生が交流しあっています。
欧州ではエラスムス構想といって、欧州のどの国で学んで取得した単位も相互に認定し合うという仕組みをつくったことによって、学生は4年の間に違った国で勉強して卒業していくということが可能になったのです。
それと同じように10の実験校が選ばれて、日中韓の大学の単位互換協定のキャンパスアジア構想がようやく動き始めたところです。
近隣のアジア諸国だからこそ、歴史を背負い、わだかまりがあるのです。
「段階的接近法」と言っているのですが、若い人たちの交流を促して、わだかまりを前提に一歩一歩近づいていかなければいけません。相互不信を払拭するためには、次の世代にかけて、若者の交流プログラムを積み上げたり、エネルギーについて協力し合ったり、あるいはアジアに金融危機を起こさないための協定を結ぶなど段階的に積み上げていかないと、一朝一夕に解決する問題ではありません。
ある日突然EUのような共同体ができるわけではありません。時間はかかりますが、近隣諸国との相互信頼を構築するために、私にできる範囲で動き、プロジェクトを育てていこうと思っています。
――本日はありがとうございました。