名古屋名物として有名な「きしめん」。そのルーツは諸説あるが、最有力は三河地方の刈谷市で食べられていた「芋川うどん」だ。芋川うどんは江戸時代に、東海道の宿場で出されていた名物だったという。当時のグルメガイドや旅行ガイドにいくつもその名が記されている。例えば、時代初期の『東海道名所記』には「いも川、うどん・そば切あり。道中第一の塩梅よき所也」とある。
もともとの芋川うどん自体は既に消滅してしまい、長らく幻の麺といった存在だったが、その芋川うどんが復活し、地元でじわじわと定着しているという。その様子を現地からリポートしたい。
+100円で芋川うどんにチェンジ!
「はい。確かに芋川うどんは当店でお召し上がりいただけます」と話してくれたのは、刈谷市のうどん店「きさん」の都築晃さん。
都築さんによれば、2005年頃に「地元の名物を復活させよう」と「刈谷いもかわ会」という市民グループが結成された。都築さんもそのメンバーだそうだが、飲食業は都築さんひとり。結果的に、麺の原料確定などにおける実質的な芋川うどん復刻中心人物になっていったという。
まずはその幻のうどん、食べてみようじゃないか。聞けば芋川うどんは「どんなうどんでも+100円で芋川うどんの麺に変更できますよ」という。では、スタンダードなうどんから。500円+100円で600円だ。
「お待たせしました」と目の前に登場した芋川うどんは、見た目はきしめんとさほど変わらずちょっと拍子抜け。「要するにきしめんか」と思って麺を箸でリフトアップさせた瞬間、ん!? なんか違和感がある。箸から伝わる感触が妙に硬め。恐る恐る食べてみるとビックリ! 「この麺ツルツルしてないじゃん」。
通常、きしめんというのは平打ちでなめらかなもんだ。ツルツルツルっとした喉越しが最大の魅力だが、それが全くなくひたすらゴワゴワしている。「こりゃきしめんじゃないわ。やられた」。
秘密は野性味あふれるゴワゴワ麺
頭を切り替えて芋川うどんをすすると、不思議なものでこれがうまい。平打ちされた味噌煮込みの麺と近いか。歯ごたえが強く、原始的というか野趣あふれるというか。男飯的な雰囲気も、ありこれはこれでワイルドなおいしさだ。
芋川うどんの復活には、かなりの想像力が必要だったという。「レシピの文献は残っていませんので、みんなであれこれ考えたんですよ」。江戸時代の流通を考えると素材は間違いなく地元の食材にしていたはず。それで麺には愛知県産の平麺で作ってみたが、「麺にすると県産の小麦粉は弱かったんです。それで北海道産の小麦粉をつなぎに使っています。取りあえず、国内産にはこだわったということで」と都築さん。
肝心なのが製粉だ。芋川うどんの麺は純白じゃなくほのかに色が付いている。「当時の製粉技術ってそんなに高くなかったと思うんです。それであえて小麦の色が残る粗い製粉にしているんです」。その粗い製粉こそ、芋川うどんのゴワゴワ感の秘密なのだ。「だから、オーダーされるお客様にはよく噛んでくださいね、と一言添えています」と笑う都築さん。
試行錯誤の末、2007年頃から店頭で販売し始め、好評を得ているという。ちなみにゴワゴワ食感つながりで味噌煮込みも人気だという。芋川うどんの強い食感が味噌の力強さとマッチ。個人的にはツルツルの「味噌煮込みきしめん」よりこっちの方が好みだな。
●information
きさん
愛知県刈谷市一ツ木町下カス6-8
うどんの上にポンっと温泉卵を
ラーメン店の「笑うぎょ~ざ屋」では、讃岐うどん風に食べられるそうだ。その名も「知立いもかわうどん」(600円)。「ゆがいた芋川うどんに、温泉卵やネギ、 ワカメを載せて、だし醤油をかけて食べてもらいます」と、店主の内藤秀詩さん。ゴワッとした麺の素材感を100%味わえて、食べごたえ満点だ。
生パスタと騙されてしまう味わい
最後は「パスタ」。スパゲッティ専門店「じゃんご一ツ木店」ではすべてのパスタメニューが+50円で芋川うどんにチェンジできる。「パスタでも生麺がありますよね。平打ち麺もありますよね。だから違和感はないですよ」と北村博文さん。
ではベーコントマトを注文してみよう。(850円+50円)。とろっとしたソースが程よく絡み、うどんの独特のゴワゴワ感と絶妙にマッチしている。トマトベースの風味も素晴らしく、うまいと思わず声を出してしまう。「でしょう。うどんだって先入観があるから頭が和風になる。これは生パスタなんです」。
実際、お客さんに何も言わずに出したらみんな生パスタだと思って食べてくれるそうだ。
●information
じゃんご一ツ木店
愛知県刈谷市一ツ木町浜場16-2
ちなみに、今回紹介させていただいた店舗で使用されている麺は、一軒目にご紹介した都築さんのところで製作して卸しているんだとか。都築さんによると、現在、メニューとして常時提供している店舗は4、5店舗だが、その他にも随時問い合わせがあるそうで、時には移動販売車から連絡がくることもあるとか。
「もともと、まちおこしの一環として復刻したので、芋川うどんの人気に火がつくことで、今後ますます地元が潤ってくれたらうれしいですね」と都築さん。日本中に浸透する日もそう遠くないだろう。
※記事中の情報・価格は2014年3月取材時のもの