5月初旬の結審をめどに再びスタートしたAppleとSamsungの特許訴訟合戦だが、iPhoneとともに携帯電話市場に持ち込まれたソフトウェア技術を巡り、故Steve Jobs氏にまつわる電子メールが証拠として両陣営の弁護士から出され、同氏が亡くなった2011年前後の両社の動向について再び注目が集まっている。
2011年にスタートした両社の特許訴訟だが、舞台を世界中に拡大しつつ、最初にAppleが事実上の勝訴となる判決を得た米カリフォルニア州サンノゼにある同州連邦地裁において、SamsungによるAppleの保持するソフトウェア特許の侵害を巡る裁判が今年4月よりスタートしている。Apple側では、iPhoneの先進性に目を付けたSamsungがキャッチアップのためにAppleが長年にわたって開発してきた技術をそのままコピーして市場に進出することで、Appleに対して損害を与えたとしている。同社では過去に米国で販売された特許を侵害しているデバイスを3,700万台と算定し、損害賠償と製品の販売差し止めを求めている。一方で防衛側となるSamsungでは自身の保持する特許でApple側の求める特許侵害を相殺しつつ、ソフトウェア技術そのものはiPhoneリリース以前からGoogleがAndroidとして開発していたものとしている。SamsungはGoogleを訴訟の表舞台に引き出しつつ、AppleがSamsungを訴えたのはAndroid最大の製品供給メーカーだからだという主張だ。つまり、自身はスケープゴート(身代わり)にされただけ、という形でAppleによる直接攻撃をかわしたい構えだ。
これに関して、両陣営から証拠として興味深い電子メールが発掘され、公開されている。1つはSamsung側から提示されたもので、Apple CEOだったSteve Jobs氏が2010年10月に「100 top employees」と呼ばれるトップ幹部や技術リードらを対象に送信したメールの中に記されている。以前にも記事で紹介したが、Jobs氏はこの"トップ100"と呼ばれる幹部集団を対象にした年次ミーティングを開催し、なるべく密に従業員らとの最新戦略を中心にした情報交換を行っている。トップ100相手に送信したJobs氏のメールのヘッドラインでは、「2011: Holy War with Google」というキーワードが目に付く。同氏はAppleが"イノベーションのジレンマ"に陥る危険性を憂慮しており、特にライバルとなるGoogleとMicrosoftらを対象に技術的なキャッチアップを怠りなく、かつユーザーを自らのエコシステムへと"ロックイン"していくよう、さらに推し進めていくべきだとしている。この一部は、「Siri」という形で結実し、それまで音声認識技術のインテグレーションで先行していたGoogleにキャッチアップしたと前述WSJの記事中で紹介されている。
もう一方で興味深いのが、Apple側が証拠として提出した電子メールのやりとりだ。これは米国のSamsung Telecommunications America (STA)の販売マーケティング担当幹部らのメール送受信記録で、2011年10月5日にJobs氏の訃報が世界を駆け巡った後、すぐ後に控えている2011年の年末商戦を前にSamsungがどういった製品展開キャンペーンを張っていくかについて検討が行われている。証拠部分は2つのPDFファイルとしてWSJの記事中で参照できる。同期間、AppleはSiriを搭載した新製品のiPhone 4Sを、Samsungは発売後半年が経過したGalaxy S IIを製品としてラインナップしており、訴求ポイントが非常に難しい状況にあったといえる。一連のメールの中でSTAのMichael Pennington氏はAppleがユーザー体験に注視しており、その主な矛先はGoogleに向いていると指摘(当時iPhone 4Sの最大のセールスポイントはSiriだったので、この指摘は的を射ている)。ちょうどJobs氏の訃報が流れたことで多くのメディアやユーザーはAppleに目が向いており、Samsungが直接Appleを攻撃するよりもAndroid全体のマーケティングキャンペーンとしてGoogleに協力を仰ぎ、自身はその後ろに隠れる形で販売施策を行うよう提案している。Googleには年末商戦シーズンということでAndroidには複数の選択肢が存在し、Samsungはそのレパートリーの1つだということで代理攻撃を依頼する作戦だ。またPDFの文面は日時が前後しているのでわかりにくいが、もともとの作戦はJobs氏の訃報が出る前の10月4日時点で立案されており、訃報の2日後の10月7日に改めてゴーサインが出たという時系列になっている。
両社の証拠は2つの点で非常に興味深い。まずApple側の提出したSamsung幹部のやりとりでうかがえるのは、「表舞台でのAppleとの対決はGoogleに任せ、Samsungはハードウェアの開発販売に注力する」という考えを持っている点だ。Samsungの「ソフトウェア(の機能)をコピーしたわけではなく、AndroidはGoogleが開発したもの」という主張が3年前からほぼ一貫していることがわかる。Samsung側では「訴えるなら、われわれではなくGoogleであるべきだろう」と考えており、裁判の行方もまた、このAppleとSamsungの意見の相違をどう埋めていくかがポイントになるといえる。AppleではSamsungに対し9億3000万ドルの賠償を勝ち取っているが、一方で長引く裁判とGalaxyデバイスの販売差し止め要求の失敗はSamsungを勢いづかせるだけの結果となっている。販売差し止め対象となるデバイスもすでにピークの過ぎた製品が対象となるため、時間の経過とともにSamsungへのダメージが少なくなっているのも悩みの種だ。
もう1つ興味深いのがSamsung側の提出した証拠での、Jobs氏がメール中で記した「イノベーションのジレンマ」と「ロックイン」という2つのキーワードだ。同氏は仮想の強力ライバルとしてGoogleとMicrosoftの名前を挙げているが、互いが追いつけ追い越せで技術をキャッチアップしていった結果、そこから出てくる製品は平準化が進み、やがて似たような形で落ち着いてしまう。Jobs氏の指摘から3年半が経過し、まさにそうした危機が具現化しつつある。いくらiPhoneとiPadという革新的なデバイスを出したAppleとはいえ、そのリードは必ずしも長くは続かない。前段でも触れたが、こうした状況がSamsungをはじめとするAppleのライバルメーカーらを利する結果にもなりつつある。そして「ロックイン」というキーワードをJobs氏が出したことにも注目したい。破壊的なイノベーションが持続しないのであれば、有利な段階であらかじめ顧客を囲うのは常套手段だ。だが、囲いの中が快適なうちはユーザーも納得してロックインに甘んじているが、その状況が崩れたとき、いつかは決壊の可能性もある。現在2社の間で進んでいる裁判において、Appleがイノベーションのジレンマの中で時間との闘いを繰り広げている様子を垣間見ているのかもしれない。