キンメダイで有名な静岡県の東伊豆町稲取(いなとり)。その稲取漁港で行われている朝市に出掛けてみた。すると何やら変わったお寿司を発見! パッケージには鮮やかなオレンジ色のキンメのイラストと、その横には「げんなり寿司」というネーミング。げんなり寿司!?
食べ疲れてげんなり!?
人を食ったような名前の寿司である。しかも中を見てさらにびっくり。紅白の押し寿司がドンドンと2個並んでいるのだ。なんだこのシンプルさ。しかも一つひとつが自分の中の押し寿司感を打ち砕くほどデカい!
食べてみると、紅白の色をした物体は甘いおぼろだった。甘口の酢飯の中には、これまた甘く炊いたニンジンが入っている。なんとも素朴でジミながらじんわりおいしい。でも、おいしいがやっぱりデカい。完食はしたもののちょっと食べ疲れたかも。ん? まさかこの感覚こそ「げんなり」なのか。興味が沸いてきたところで、パッケージに記してある「さだごろうや」に話を聞いてみることにした。
「市場のげんなり寿司ね。市場が土日と祝日に開くから、うちが作ってJAのコーナーで出してるんですよ」。説明してくれたのは、「さだごろうや」の遠藤さん。1日で8~10パック程度しか作らないそうだから、手に入れたのはラッキーだったようだ。こちら、1パックは500円だった。ちなみに、さだごろうやによると、現在、げんなり寿司を常時販売している店舗は2軒程度だとか。
「このお寿司は昔から出産や結納、七五三など稲取のお祝い事で食べられてきた押し寿司なんです」と遠藤さん。話によると、これでもミニサイズにしたそうで「2貫で1合くらいありますけど、昔なら1.5倍くらいあったと思います」。ええ、ホントはもっとでっかいの? そりゃあ、確かにげんなりするわぁ。
ちなみに、紅白のおぼろは予想通りキンメで作られているそう。ふんわりと甘い食感は、手作りならではのおいしさ。遠藤さんによると「いろんなお店でげんなり寿司を売っています」というので、ちょっと食べ歩くことにしよう。
5貫でワンセットさらにげんなり!?
次に向かったのは、地元で人気の弁当店「おにぎり山」だ。ココで売られているげんなり寿司は、さらにボリュームアップして700円。さぁ、頑張って食べてげんなりするぞ!
やっぱりここも全体的に甘くほっこりしたやさしい味。酢飯の中に入っているニンジンの甘さがワンポイントでき いていて、笑顔でげんなりさせてくれる。「味のこだわりですか? こだわりっていっても稲取で作られている昔からの味だからねぇ」と話してくれたのはおかみさんの山口明美さん。
しかし、山口さんは新情報をもたらしてくれた。「今は紅白の2色だけど本当は5色なんですよ。おぼろの紅白にまぐろの 赤、シイタケの煮物の黒、卵焼きの黄色の5貫でワンセットなんです」。そして、「1貫だけでも大きいのにそれが5貫も出てきてげんなりするってことなんですよ」。
何!? じゃあ今までのげんなりは、ピークのげんなりじゃなかったのか! その、5貫そろったげんなり寿司が見せる「げんなりの向こう側」とは一体!? ちなみにおにぎり山では予約すれば5貫のげんなり寿司を作ってくれるそうだ(2,000円前後)。今も地元の祝い事などで注文が多いらしい。
●information
おにぎり山
静岡県賀茂郡東伊豆町稲取561
5貫でワンセットさらにげんなり!?
げんなり寿司を2パックも食べてすでに相当げんなりしているが、最後に「お店でげんなりしてみたい」と足を運んだのが魚介料理の有名店「徳造丸 魚庵」だ。
ココで提供されるメニューは「げんなりちらし寿司」。さすが和食店だけあり、今までの素朴なルックスと比べて実にきらびやか。その代わり値段も跳ね上がって1,930円だ。
大きな板状の酢飯の上には、卵焼きやまぐろの刺し身、キンメの刺し身、白身の刺し身、生サクラエビ、生シラス、ゴボウ、イクラ、エビの刺し身と具材がてんこ盛りだ。ん!? キンメのおぼろは載ってないのか。まぁトラディショナルな押し寿司ではなく、見た目も派手な海鮮丼風の寿司だからなぁと解釈。
しかし食べ始めると、鮮度抜群の刺し身の波状攻撃で至福の極みへ! 港町に来て刺し身を食べないなんてどうかしてる!と思ってしまうほど。しかし、やっぱりボリュームが多い。最後の方はかなり頑張って完食した。おいしいけれど、確かに名前の通りげんなりだ。
「以前はうちでも郷土食のげんなり寿司をお出ししていたんです。でも店で出すには素朴すぎて、途中で飽きてしまわれるお客様もいらっしゃいました。それでオリジナルのげんなり寿司を作ることにしたんです」と総料理長の千島義彦さんは説明してくれた。
ちなみに酢飯も「そのままだと甘過ぎて刺し身に合わないので、握り寿司の寿司飯に近い味にしています」。千島さんによれば、ご飯は茶碗2杯分はあるそうで、「ご飯を食べきれずに残してしまう人も少なくありません」。ちょっともったいない気もするが、「げんなりしていただかないとげんなり寿司じゃありませんからね」。なるほどココでもげんなりイズムはしっかりと息づいているわけだ。
昔は、ご飯は貴重なものでお祝いごとや祭の時でもないとおなかいっぱい食べられなかったと聞く。そんな頃はげんなりするほどご飯を食べられるってのは究極のぜいたくだったはずだ。げんなりするほど食べられる幸せ、ぜひ味わってみてほしい。
※記事中の情報・価格は2014年3月取材時のもの