クルマはどのように作られているのだろう? 走行性能、デザイン、燃費向上や環境性能など、求められる要素クリアした新しい自動車が次々と誕生しているが、自動車の開発にはヒトの力がなければ成し得ない。というわけで、素朴な疑問と好奇心を満たすべく、広島県安芸郡のマツダ本社を訪ねた。
あのレースの優勝車にも会える!
童心に返り楽しめるとして大人の工場見学は注目されているが、その中でも乗り物系工場は人気の筆頭! 子供連れの旅行プランにもオススメだ。マツダでは本社敷地内に「マツダミュージアム」があり、最新の自動車からマツダの歴史を物語るヒストリックカーを見ることができるほか、工場の組み立てラインの一部を見学できる館内レイアウトとなっている。
クルマ好きならばご存知のこと、「マツダミュージアム」は1991年のル・マン24時間耐久レースの優勝車「マツダ 787B」が展示保存されている場所。グリーンとオレンジの車体は、獲得したカップとともに静かにそこにあった。ここではル・マン耐久の優勝の原動力となったロータリーエンジンの解説をはじめ、エンジンの仕組みから学ぶことができるようになっている。
そして、工場では車種がランダムに流れてくるライン上を、人の手で部品が組み付けられていた。タイムリーな部品供給と洗練された職人の技術が交差するプロフェッショナルな生産空間は必見! ただし、見学は完全予約制で、申し込みはインターネットまたは電話で受け付けている。「マツダミュージアム」への最寄り駅は向洋駅で、広島駅から山陽本線、または呉線で2駅とアクセスも良好だ。
マツダは、「アテンザ」で2014年「RJCカーオブザイヤー」と、「日本カー・オブ・ザ・イヤーエモーショナル部門」を受賞した。クルマビギナーの筆者からすると、「アテンザ」、そして2013年11月に発表された「アクセラ」の第一印象は、おそらく幼児と同等レベルの感想だが、共通して「速そう、カッコイイ、乗ってみたい」だった。もう少し付け加えると、「躍動的な美しさと造り手の想いが伝わる、心躍るクルマ」であると感じていた。
老若男女問わず、「アテンザ」や「アクセラ」、そして「CX-5」から共通して感じ取れる直感的なカッコよさとはどこからくるのだろうか。その答えを今回特別に、ふだんは立ち入ることのできないデザインの現場の取材を通して教わってきた。
ミュージアム1階には、日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した「マツダ・ファミリア」「カペラ」「ロードスター」が並ぶ。「マツダ・ファミリア」は1980~1981年の第一回日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。赤いファミリアは上にサーフボードを積んだスタイルが若者の憧れとして、一世を風靡(ふうび)した |
1935年に製造されたTCS型三輪トラックと、戦前のGA型をモデルチェンジした、第2次世界大戦後の1949年に発売されたGB型三輪トラック |
1962年に発売され、大きな荷台と小回りの良さで人気だった「T2000」 |
ヒストリーカーが並ぶミュージアム2階。手前は1960年に発売されたマツダ初の乗用車、4人乗りの「R360クーペ」 |
"魂動"を感じさせるための粘土
一般的なカーデザインのプロセスは、ユーザーニーズを調査してどのようなクルマにしたいのか目標を定めることから始まり、コンセプトに沿って外形とインテリアのデザインスケッチを書き起こしていくようだ。しかし、マツダのデザインプロセスはこれと異なる。
マツダは第六世代(2012年発売以降のクルマ)のデザインテーマを、生命感ある動きを意味する"魂動"と定めている。このイメージを具体的なカタチにした"デザインオブジェ"からインスピレーションを得ることで、「CX-5」や「アテンザ」、「アクセラ」などのように新しいカーデザインを生み出していくという。
なお、デザインオブジェは何人ものモデラーが検討したため、オブジェそのものは何パターンもある。テーマが生命感のある動きゆえに、できあがったオブジェから動物を連想する人もいるそうだ。
マツダでは平面のアイデアを立体的に造形するときにクレイ(特殊な粘土)で、4分の1モデル、そして1分の1モデルを繰り返し作成し、デザイナーとクレイモデラーで議論しあう体制ができているという。
しかし、コンピュータを用いて設計するCADや3Dプリンターがある時代に、なぜあえてアナログなクレイでデザインをするのだろうか。実際、CADの方が修正も楽であり、データ共有もしやすく、タイムロスも少ないはずだ。
その疑問に答えてくれたのは、クレイモデラーとして21年のキャリアをもつ助川裕さん。「制作した4分の1をデータ化して、1分の1へ落とし込みます。データでは、積むエンジンのためにどれだけのサイズ高が必要なのかなどを確認できますが、実際、クレイで分かること・伝わることは多いんです。加えて、形が見えて判断がしやすく、アイデアが出しやすいという特性もあります」という。
また、マツダのこだわりと助川さんご自身の仕事ついて、「いきなりではなく、魂動デザインのデザインオブジェを作成し、関わるたくさんの人が魂動デザインに対して同じイメージを共有することが大切。クレイモデラーはデザイナーの2次元のスケッチを3次元におこす仕事です。今までにない新しいカタチをデザイナーとともに、変形を繰り返しながら完成させていきます」と語ってくれた。
デザインオブジェがあれば、アメリカやドイツのデザインスタジオとも言葉以上にデザインそのものを言語として共有できる。そして、デザイナーとクレイモデラーはバトンリレーをするのではなく、共同で良いものをつくるためにディスカッションができる関係なのだ。
時には1mm以下で調整していく技術
マツダは他メーカーに比べ、クレイにかける製作ステージが長いそう。クレイモデラーの助川さんと森脇由香さんから、制作作業のデモンストレーションを見せていただいたが、迷いのない手さばきで美しいカタチが仕立てられていく姿は圧巻! 温められて柔らかくなったクレイを実際に触ってみると、指の側面で伸ばしつけている間に冷え固まってしまった。これを思い通りに扱い、1mmまたはそれ以下で調整していく技術が、クレイモデルを用いたデザインへのこだわりを支えているようだった。
使用するクレイは、面の表情や緊張感、シャープさを表現するために硬めになっている。"魂動"のデザインテーマから生まれた「靭(SHINARI)」と「雄(TAKERI)」、また販売モデル全てにもクレイモデルが存在している。
「4分の1では少し誇張が出るので、そのまま1分の1にするとプリっとしすぎることもあります。そのような時も修正案をこちらからも言えるように、クレイモデラーも責任をもってデザインに関わっています。クレイモデルで形が見えてきたら判断もしやすいですから、自然光の中でどう見えるか、また、クレイの色ではなくシルバーではどう見えるかも、クレイモデルを外へ持ち出したり、上からフィルムを貼ったりなどして確認します。加えて、空力性能もコンピューター解析だけでなく、クレイを風洞実験装置へと運び込みます」(助川さん)。
更に印象的だったのは、「骨格や面の緊張感、影のコントロールをエンジニアに伝えるには、クレイモデルを見てもらうのがイチバン! 『カッコイイでしょ、良いでしょ、欲しいでしょ』とアピールします。だから"実現させたい"と思わせられるんです」という助川さんの言葉。そう笑顔で語る姿にも、マツダの情熱の片鱗を見た気がした。
私たちが「アテンザ」や「アクセラ」を見て「カッコイイ、乗ってみたい」と思う以前に、開発者たちが同じ想いで実現したクルマだから、マツダのクルマはひと目惚れをさせるのだ。