昨年あたりから、ベビーカーの利用方法に問題があるのではないか、という議論が盛んに行われています。特に公共交通機関の利用では、ベビーカーが通路などをふさぎ、乗車できない人も出てくるため、車内ではベビーカーはたたむべきではないかという意見をよく耳にします。
しかしよく考えると、この議論はベビーカーが他人に対して邪魔か邪魔じゃないかという程度の議論でしかないわけです。もしくは、「昔はベビーカーなんてなかった。ベビーカーは母親が楽をするためにあるんだから、ベビーカーを利用しているひとは怠け者だ」という保育者に対する非難。ですが、ベビーカーを「実際に利用している」乳児との関係でベビーカーをみた議論は、ほとんどありません。これに関し、個人的にはベビーカーの使い方を間違うと、子供にとって大きな問題になると考えています。
それは、ベビーカーを利用することで生じる保育者と乳児のコミュニケーション不足です。そしてそれは、言語の習得に影響を与えていきます。うまれたばかりの乳児は、当然言葉を話せません。この世界にうまれ落ちてから、言語を習得するのです。まずは、保育者の姿や声など、外界の変化に反射的に発声するようになります。そして、およそ6カ月ほどかけて、喉頭部が発達し、多様に発声していけるようになります。生後10カ月くらいになると、ママやパパという規準喃語(なんご)とよばれる発声ができるようになってきます。このあたりになってくると、乳児も言葉らしい言葉を話すため、周囲の大人たちも「会話ができる」と話しかけたりするようになるかもしれませんが、大事なのはこれ以前の時期なんです。
言語発達の仕組みとは
乳児が言葉を話せるようになるためには、喉頭部が発達するだけではダメです。同時に、人間の言葉に対する関心や聞き取る能力が必要になってきます。つまり、言葉を話すためには言葉を聞く力が必要不可欠となります。乳児は、周囲の大人たちの言葉を聞き取り、その言葉の意味や対象を少しずつ学ぶことで、言葉を習得していきます。とはいえ、世の中には様々な音があふれています。そんな音の中で乳児はどうやって人間の言葉を聞き取っているのか。乳児は、やや高めで、ゆっくりとした抑揚のある優しい声を好んで聞き取ろうとします。そう、これは女性(母親)の声です。なぜ男性より女性なのか、それは自分に乳を与えてくれる対象を見失わないようにする本能かもしれません。いずれにしても、女性(母親)から話かけられることで、乳児は言葉を習得していきます。
そして、ここにベビーカーの問題点があります。どうしても、おんぶしたり、だっこしたりするよりも、ベビーカーを使用すると乳児と保育者との間に距離ができてしまい、お互いに声が届きづらくコミュニケーション不全に陥ってしまいます。ベビーカーの種類によっては、背面式で乳児と保育者が進行方向を向いているものもありますよね。そうなると、完全にコミュニケーションはとれません。このようなシーンが長時間化すればするほど、乳児にとっては言葉を習得するチャンスが減ってしまうのです。言語の習得が遅れれば、抽象的な思考力の発達も遅れたりします。乳児期にいかにコミュニケーションを多くとるかが、育児には大きなポイントになってきます。
とはいえ、ベビーカーを全く使用せずにいるというのも現実的ではありません。ベビーカー使用時は、意識して乳児とのコミュニケーションを増やすように心がけていただきたいと思うのです。
著者プロフィール
平松隆円
化粧心理学者 / 大学教員
1980年滋賀県生まれ。2008年世界でも類をみない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。国際日本文化研究センター講師や京都大学中核機関研究員などを経て、現在はタイ国立チュラロンコーン大学講師。専門は、化粧心理学や化粧文化論など。よそおいに関する研究で日本文化を解き明かしている。
NTV『所さんの目がテン! 』、CX『めざましどようび』、NHK『極める 中越典子の京美人学』など番組出演も多数。主著『化粧にみる日本文化』(水曜社)は関西大学入試問題に採用されるなど、研究者以外にも反響をよんだ。ほかに『黒髪と美女の日本史』(水曜社)など。