日本で注意欠陥/多動性障害(以下、AD/HD)が指摘されるようになったのはここ10年のこと。ただし、それは小児期の障害という認識であり、小児期のAD/HD当事者の30~70%は、成人期(18歳以降)にまで症状が持続することはあまり知られていない。この成人期AD/HDは生活にどのような影響をもたらし、どうすれば発見・治療をすることができるのか、専門の医師らにうかがった。
世界では3.5%が成人期AD/HD
そもそもAD/HDとは、不注意(集中力が続かない、忘れっぽいなど)や多動性(落ち着かないなど)、衝動性(考えるよりも先に行動してしまうなど)を特徴とする発達障害のひとつ。米国の臨床心理士であるラッセル・A・バークレー博士によると、AD/HDのリスクファクターとして、65~75%は遺伝だという。
後天性の要因としては、妊娠時の母親の喫煙・飲酒や感染症の発症、未熟児での出産(未熟児の45%はAD/HDというデータもある)などが考えられるという。実際、遺伝のある子供と母親の喫煙・飲酒という状況下だと、通常より8倍もAD/HDのリスクが高くなることが分かっている。
AD/HDの中でも、多動性は思春期になると目立たなくなる傾向がある。しかし、不注意は成人になっても継続し、衝動性は周囲の状況で大きく変化する。つまり、成人期AD/HDは成人になって発達障害になるのではなく、成人になるまで見逃されていたということである。
WHOは、成人期AD/HDの有病率は世界全体で平均3.5%と報告している。一方、日本で2013年に実施された調査では、成人期AD/HDは1.65%と発表されているが、実際は症状に気付いていない層もまだ多いと見られている。日本では2012年に初めて成人期AD/HDの治療薬が承認されたばかりであり、発達障害者支援センターでも、紹介する医療機関が少ないことを指摘している。
6割はうつを併発
実際、成人期AD/HDではどのようなことが問題になるのか。そこで、イーライリリー米国本社は、2012年に8カ国(アメリカ、日本、オーストラリア、イギリス、ドイツ、オランダ、スウェーデン、デンマーク)の1,270人(成人期AD/HD診断群:618人、非成人期AD/HD診断群652人)を対象に調査を行った。
まず、日本人を対象にした調査を見ると、成人期AD/HD診断群は総じて、睡眠困難やうつ、不安、疼痛(とうつう)、頭痛を感じる傾向が高く、特にうつに関しては6割以上が並存疾患していることが分かった。また、成人期AD/HD診断群のみに行った調査では、特に日本人は身体・精神面での健康や仕事面での成功の達成、自尊心に対してマイナスの影響を与えていると感じている人が7割以上であった。
特に、仕事において思うような評価がされなかったと感じている人は9割にものぼっている。実際、解雇される可能性が高かったり、頻繁に転職したりという就労上の問題を抱えている人も多いという。ただし、成人期AD/HDであっても、常にそうした不安に直面するわけではなく、ツボにはまるといい仕事をすることも報告されている。例えば、自分に合った上司や職場環境に恵まれていると分からなかったものが、職場が変わったり新しいプロジェクトになったりした場合に、症状を自覚するようになるケースがあるという。
診断・面接と薬で治療
自分は成人期AD/HDなのか分からないという人は、一度以下のチェックリストで確認してみるといいだろう。以下はWHOと世界の専門家たちからなる成人期AD/HD作業グループが協力して作成したもので、診察では成人期AD/HDのスクリーニングツールにも活用されている。
特に上位6件中4件が「時々」、若しくは「頻繁」~「非常に頻繁」に当てはまると、成人期AD/HDを有している可能性が高いため、更なる診察が必要となる。ただし、AD/HDは職場・学校や社会、家庭での状況も含めて判断されるため、このチェックはひとつの目安ということになる。
・物事を行うにあたって、難所は乗り越えたのに、詰めが甘くて仕上げるのが困難だったことが、どのくらいの頻度でありますか
・計画性を要する作業を行う際に、作業を順序だてるのが困難だったことが、どのくらいの頻度でありますか
・約束や、しなければならない用事を忘れたことが、どのくらいの頻度でありますか
・じっくりと考える必要がある課題に取り掛かるのを避けたり、遅らせたりすることが、どのくらいの頻度でありますか
・長時間座っていなければならない時に、手足をソワソワと動かしたり、モゾモゾしたりすることが、どのくらいの頻度でありますか
・まるで何かに駆り立てられるかのように過度に活動的になったり、何かせずにいられなくなることが、どのくらいの頻度でありますか
・つまらない、あるいは難しい仕事をする際に、不注意な間違いをすることが、どのくらいの頻度でありますか
・直接話しかけられているにも関わらず、話に注意を払うことが困難なことはどのくらいの頻度でありますか
・家や職場に物を置き忘れたり、物をどこに置いたか分からなくなって探すのに苦労したことが、どのくらいの頻度でありますか
・外からの刺激や雑音で気が散ってしまうことが、どのくらいの頻度でありますか
・会議などの着席していなければならない状況で、席を離れてしまうことが、どのくらいの頻度でありますか
・落ち着かない、あるいはソワソワした感じが、どのくらいの頻度でありますか
・時間に余裕があっても、一息ついたり、ゆったりとくつろぐことが困難なことが、どのくらいの頻度でありますか
・社交的な場面でしゃべりすぎてしまうことが、どのくらいの頻度でありますか
・会話を交わしている相手が話し終える前に会話を遮ってしまったことが、どのくらいの頻度でありますか
・順番待ちしなければならない場合に、順番を待つことが困難なことが、どのくらいの頻度でありますか
・忙しくしている人の邪魔をしてしまうことが、どのくらいの頻度でありますか
成人期AD/HDの治療では、様々な非薬物療法(患者との面接や家庭・職場との連携など)と、必要に応じて薬物治療が行われる。薬物治療は、低下していた自己評価の改善や、根強い劣等感の払拭、存在感の獲得を目指し、その対処療法的手段となっている。日本では「ストラテラ」と「コンサータ」の2種類が、18歳以上の成人への適応で承認されている。ただし、「ストラテラ」は医師であれば処方できるが、「コンサータ」は処方できる医師が限定されている。
診断・治療は、精神科や児童精神科、発達障害を専門としている小児・小児神経科などで受けることができる。AD/HDは障害として分かりにくいため見逃されることが多く、また、周囲からの理解が得られず孤立しやすい傾向がある。人間関係や日常生活にまで影響を与える障害だからこそ、早期発見・早期治療が大切になる。