SDカードの標準化団体SD Association (SDA)が、SDカード標準仕様にクレジットカードなどのセキュアデータを保存する新規格追加を表明して2年が経過し、その成果が明らかになり始めている。SDカードにセキュア領域を確保する仕組みは、NFCにおけるセキュアエレメント(SE)搭載における第3の仕組みとして注目を集めており、NFCの普及停滞に危機感を抱く既存プレイヤーらもSDAの新仕様の利用拡大に向けた方策を採り始めている。

SDカードとNFCの関係、そして仕様標準化

SDAが2年前の2011年11月にフランスのパリで開催されたCartesにおいて発表したのは、GlobalPlatformと共同でSDカードをセキュアチップ入りのスマートカードと同様に利用できるようにするための共通仕様を策定していくというものだった。GlobalPlatformとは、スマートカードやNFC技術におけるセキュアチップのストレージ領域、その他セキュアデータの取り扱いに関する標準仕様を策定する業界団体だ。GlobalPlatformの仕様に準拠することにより、各社のセキュアチップやサービスの間で互換性が保たれることになる。NFCにおけるGlobalPlatformは、携帯電話をクレジットカードのように利用できる「カードエミュレーション(CE)」において、USIMのストレージ領域の利用方法や参照方法の標準を定めており、携帯キャリアなどサービス各社は基本的にすべてGlobalPlatformに準拠した形でサービス提供を行っている。つまりSDAの新仕様とは、こうした仕組みをSDカードにも導入し、NFCのUSIMと同じような使い方を可能にしようということだ。だがSDAによれば、この時点での発表は意思表明に過ぎず、実際にホワイトペーパーが出されて本格的な実装も視野に入れた動きが可能になったのは、今年2013年11月のCartesのタイミングだったというわけだ。

NFCとSDカードを組み合わせて、SDカード内のセキュア領域に信用情報を保存してモバイルペイメントに用いるという試みは、すでに去年2012年あたりから各地で進んでいる。筆者が把握している範囲では、オーストラリアでの実証実験のほか、最も著名な事例として中国銀聯(China UnionPay)カードが推進するクレジットカード情報のSDカードへの搭載などが挙げられる。これらサービスでは、SDカード内にセキュアエレメント(SE)とNFCアンテナを搭載しており、実質的にスマートフォン上でモバイルウォレットを利用して逐次データを参照したり、他の事業者が追加で決済アプリやロイヤリティアプリを提供するといったことを想定していない完結型のサービスとなっている。またアンテナを内蔵するため、microSDカードを携帯端末内に挿入してしまうと、NFCによる通信が行いにくくなるという難点もある。

DeviceFidelity CEOのDeepak Jain氏

このほか、DeviceFidelityという企業がSE入りmicroSDカードを使い、スマートフォンをPOSレジ代わりに活用する「mPOS」サービスを提案している。DeviceFidelityではNFCアンテナ内蔵型と、HCI (Host Controller Interface)インターフェイスを搭載してスマートフォン側のNFCアンテナとSWP (Single Wire Protocol)のやり取りが可能なアンテナ非搭載型の2種類のコンフィグレーションのmicroSDカードを用意し、これを挿入したスマートフォンを非接触決済可能なNFCカードリーダとして、可搬性のあるPOSレジシステムを構築しようというものだ。このSEはクレジットカードなどの信用情報を保存することを目的としたものではないため、あくまでmicroSDカードスロットのある端末や専用ジャケットに同カードを挿入し、その通信結果をスマートフォンに転送することを目的としている。これにより、NFC機能のないiPhoneでもジャケット等を経由してmPOSへの利用が可能というわけだ。

NFCアンテナ搭載/非搭載の2種類のセキュアエレメント入りmicroSDカードを用意し、これを挿入したスマートフォン/タブレットをmPOSとして活用する

microSDカードにNFCアンテナ(信号線)とセキュアエレメントを搭載する2種類の方式

SDAの実装方式と互換性問題

だがSDAによれば、これら実装は各社独自のもので、今回ホワイトペーパーが定義した標準仕様とは異なるものだという。基本的な仕組みはDeviceFidelityが提案しているものに近く、通常のSDカードのユーザーストレージとカードI/Oに加え、セキュアエレメント(SE)とNFC通信用のインターフェイス(HCI)を搭載しようとしている。当初はNFCアンテナを内蔵する形態の仕様を提案していたものの、前述のようなNFCの認識領域の問題もあり、端末のNFCアンテナを利用できるインターフェイス方式も追加したようだ。接続方法はNFCのUSIM方式と同様にHCI / SWPを用い、NFCアンテナから直にセキュア領域へとアクセスすることが可能となっている。そのために下図のSDカードの高速通信方式の端子部に(図右側の金属の端子部が2段になっているもの)、さらにSWP通信用のアンテナ信号線を1本追加する。これにより、USIM同様にmicroSDカードもまたNFCのセキュア領域保存用のストレージとして活用できる。

図中に直接の表記はないが、右側の高速通信規格の端子部分にSWP用の信号線を1本追加し、挿入した端末側のNFCアンテナを利用できるようにする

ただし信号線を新たに追加して端子の数が増えるということは、既存環境と互換性がなくなることを意味する。新仕様のmicroSDカード自体は端末に挿入できても、同仕様をサポートしない端末側はSWPの信号線を認識できないため、内蔵NFCアンテナをmicroSDカード側に分配することができず、非接触通信も行えない。また新仕様のmicroSDカード導入や信号線追加のためのハードウェア更新が新たなコスト上昇要因となるため、当面は端末での新仕様microSDカードスロット対応は期待できない。既存端末で利用できないというのもマイナス要因だ。

こうした互換性問題のハンデがあり、さらに後発ながらもSDカードへのSE搭載が第3方式として注目を集めるのには理由がある。それは、ここ2年ほどNFCとSEを組み合わせた各種サービスの展開が停滞しており、「すでに(決済方式としての) NFCは死んだ」といった意見も多数見られる状況下で、普及のための手がかりの1つと考えられているからだ。