近年、ユーザー一人ひとりの耳型にあわせて作られるオーダーメイドタイプのイヤホンがオーディオファンの間で注目を集めている。それらは「カスタムインイヤーモニター(カスタムIEM)」と呼ばれているが、耳にぴったりとフィットする装着感、普及価格帯の製品では得られない音質や個性、そして「世界にひとつだけ」というプレミアム感などがあることから、10万円以上する機種も珍しくないにもかかわらず、ユーザーが着実に増えつつあるという。

そのカスタムIEMの草分け的なブランドである米国のUltimate Ears(アルティメット・イヤーズ、以下UE)が、今年から日本国内で販売活動を開始した。カスタムIEMは一つひとつ手作りで製作される製品であり、これまではユーザーが自分で耳型を米国へ送る必要があったのだが、東京・大阪に店舗を構えるヘッドフォン専門店のeイヤホンがこの夏から国内向けの販売窓口となったことで、購入のハードルが一気に下がったのだ。

UEのフラグシップモデル「Ultimate Ears 18 Pro Custom In-Ear Monitors」

UEは"テンプロ"の通称で呼ばれる高級イヤホンの定番モデル「Triple.fi 10 Pro」などで知られるが、創業のルーツはそのような量産モデルではなくカスタムIEMにある。2008年にPC周辺機器大手のLogitech(日本法人はロジクール)に買収され、現在は同社傘下のオーディオ製品ブランドとなっているが、カスタムIEMについてはそれ以前から変わらずカリフォルニア州アーバインの拠点で開発・製造に至るまで一貫して手がけている。今回、日本での本格展開にあわせてこの製造拠点が日本の報道関係者向けに公開されたので、その模様を数回にわたってお届けしよう。

ロサンゼルス郊外のアーバインにあるUEの製造拠点。工場というよりは研究所といったたたずまいだが、実際に同社でも"lab"と呼ばれている

なぜ「イヤホン」でなく「IEM」か

UE labの責任者 Philippe Depallens氏

オーダーメイドのイヤホンであればシンプルに「カスタムイヤホン」と呼べば良いはずだが、なぜあえて「カスタムインイヤーモニター」という難しい名称を付けているのだろうか。これは、プレミアム感を煽るために気取った呼び方をしているわけではなく、ちゃんとした理由がある。UEのVice Presidentで、アーバインの拠点の責任者を務めるPhilippe Depallens氏がその背景を詳しく説明してくれた。

カスタムIEMはもともと、アリーナやライブハウスのステージで演奏を行うミュージシャンのための道具として誕生した。ライブの写真やビデオを見ると、ミュージシャンの足元やステージの前のほうに黒い箱のようなものがよく写っているが、これは「モニタースピーカー」と呼ばれ、ミュージシャンが自分の演奏や歌を確認するために設置されている。ライブ会場のメインスピーカーは客席のほうを向いているため、ステージ上にはその音はクリアな状態では届かない。これでは自分たちが出している音をはっきりと確認できないので、足元にスピーカーを設置して、演奏に必要な音声がステージ上でも聞こえるようにしている。

しかし、ステージ上では会場の反響音や他のメンバーの演奏などさまざまな音が飛び交っているので、モニタースピーカーの音すら聞こえにくい場合がままある。このためミュージシャンは演奏をやりやすくしようと、より大きな音量でモニタースピーカーを鳴らすわけだが、すぐ足元で大音量が鳴り続けるという状態は聴力に悪影響を与えかねない。

この問題を解決するため1995年、当時ヴァン・ヘイレンのツアーに同行していたエンジニアのJerry Harvey氏が(Ultimate Ears創業者・その後独立してJH Audioを設立)、足元に大きなモニターを置く代わりに、耳の中に収まって周囲の騒音をシャットアウトできる小さなスピーカーシステムを使うというアイデアを思いつき、カスタムIEMを開発した。耳の中で直接音を鳴らすというと、耳への負担が気になるかもしれない。確かに過大な音量で長時間の再生を続けるべきではないが、カスタムIEMはユーザーの耳に合わせて形を作るので遮音性が高い。その分小さな音量でも演奏を鮮明に聞き取ることができるので、結果としてそれまで大音量に長時間さらされていたミュージシャンの耳を守ることができるとわかり、ツアーミュージシャンやサウンドエンジニアの間でカスタムIEMの利用が広がっていった。このように、音楽鑑賞のためというよりも、当初はプロのための仕事道具として生まれた機材であることが、「イヤフォン」でなく「IEM」と呼ばれるゆえんである。

ヴァン・ヘイレンのステージがカスタムIEMを生んだというエピソードは、UEの歴史に欠かせない語り草となっている(左)
UEの製品ラインナップの一部。IEMの中に搭載されるアーマチュア(スピーカーに相当する部品)の数が多いほど高級機種となり、エントリークラスの「UE 4 Pro」「UE 5 Pro」が片耳あたり2個なのに対し、最上位の「UE 18 Pro」では同6個の構成。ただし、それぞれの機種に個性があり、再生する音楽やユーザーの好みによって評価は分かれるため、高いほど良いというわけではないという(右)

足元設置型のモニターからIEMへの転換は、他にも副次的なメリットを生み出した。モニター音声をケーブルでなく、ミュージシャンが腰に付けた受信機にワイヤレスで伝送することが可能となったので、ステージ上で動ける範囲が拡大し、パフォーマンスの幅が広がった。また、バンドの各メンバーが競うようにモニタースピーカーの音量を上げることがなくなり、ステージを余計な音が発生しないクリーンな状態に保てるので、客席の観客もよりクリアな音質でライブを楽しめるようになる。それまで慣れ親しんだモニタースピーカーとの聞こえ方の違いから、当初はIEMに否定的なプロも少なくなかったようだが、一度慣れてしまうと多くのアーティストは手放せない道具としてカスタムIEMを愛用するようになるという。テレビの音楽番組などでも、アーティストが耳にカラフルなIEMを装着している姿を見る機会が多くなった。

UE labの玄関をくぐると、目の前にガラス張りのスタジオが。顧客であるミュージシャンが、実際にここで演奏しながらカスタムIEMの音質を試せるようになっている

工作機械や測定器の助けは借りるが、ひとつとして同じ個体のない製品のため、基本的には職人の手作業によって作られている

補聴器などではより古くからユーザーの耳型にあわせたオーダーメイドは行われており、必ずしもUEがカスタムイヤホンの元祖というわけではないが、音楽のプロの道具としての普及にUEが果たした役割は大きい。また、遮音性が高いため場所を選ばず理想的なリスニング環境が得られることや、耳に吸い付くようなフィット感、オーダーメイドだからできるデザインのカスタマイズといった特徴は、当然のことながらプロのみならず一般のオーディオファンにもメリットとなることから、冒頭で紹介した通りカスタムIEMはコンシューマー市場にも広がりを見せている。

インプレッション(耳型)を見ると、人によって外耳道の形がまったく異なるのがわかる。左は筆者の耳から作成したインプレッションだが、入り口付近で大きく“く”の字に折れ曲がっている

カスタムIEMは耳の穴にピタリとふさがる形で収まる。量産品のイヤホンでは得られない、吸い付くようなフィット感が心地良い

左右の手で同じ指紋が存在しないように、同じ人の耳でも左右で形は異なっている

現在カスタムIEMの分野では多数の競合メーカーが存在するが、UEはこれまで多くのアーティストに支持され、そしてアーティストのニーズに突き動かされて製品を拡充してきた歴史があり、これらを他社が覆すことは容易ではないとDepallens氏は説明する。プロと同じ道具を一般のリスナーが使えるようになったということは、言わばファンと制作者が共通の環境で音楽を楽しめる時代の到来であり、UEが積み重ねてきた実績がまさにこれから活きるというのだ。またDepallens氏は「市場がさらに大きくなれば、製品の価格も下げることができる」とも話し、カスタムIEMを一部のマニアのためのプレミアム商品として閉じ込めておくつもりはなく、将来はより幅広い音楽ファンにこの世界を楽しんでもらいたい考えを強調した。

カスタムIEMのもうひとつの楽しみが、形のみならずカラーリングやプレート部分のデザインもカスタマイズできるところ。好きな色やアートワークを選べば一層愛着も沸く

カスタムIEMが持つ歴史的な背景を理解したところで、いよいよUEの製品が作り出される工房の中へと足を進めよう。今回の取材では、耳型の採取から、実際の製品が届くまでのプロセスを見ることができた。

いよいよ、実際にカスタムIEMの製作が行われているエリアへと進む。扉の文字は「関係者以外立入禁止」かと思いきや、よく読んでみると「ロックの王族&音楽の神々ご用達のデバイスメーカー、UE」といった粋なメッセージ