豊川市民ならみなが知ってる「たけの子パン」って?

ご当地生まれの人気グルメは通常、あるエリアでヒットをとげると自然とエリアの外へも拡大していく。しかし愛知県豊川市には、地元で長年愛されスーパーならどこでも置かれるほどの人気を誇りながら、豊川エリアから一歩外に出ると知名度が低くなる不思議な「たけの子パン」というご当地パンがある。今回はそんな「たけの子パン」について取材を進めてみた。

イメージは中華系の調理パン!?

そもそもこの取材のきっかけは、名古屋っ子の筆者と豊川市出身の友人との何げない会話だった。「たけの子パンを売っている店知らないか? あれ、突然食べたくなるんだよな」。彼が中高生時代からなじんでいたというその商品名。しかし、同じ愛知県民である筆者には、初めて耳にする言葉だったのだ。

同じ愛知県民の筆者も知らなかった「たけの子パン」。タケノコが入っているのか?

名前だけ聞くと、焼そばパンのような具材を挟んだおかずパンを想像してしまう。タケノコっていうからには、チンジャォロースか野菜炒め系だろうか? 片栗粉でとろみのついた、こってり中華テイストの具材のおかずパンのイメージだ。しかし、豊川出身の別の友達が「たけの子パン」の話題を出すことが続くにつれて、さすがの筆者も気になり始めたのだ。

そこで本格的に調べてみるとこの「たけの子パン」、実は具材に全くタケノコは使われていないことが判明した。一体じゃあ何でタケノコなんだろう。友人たちは単純にパンの形がタケノコそっくりだからというが、本当だろうか? 謎が謎を呼ぶ「たけの子パン」。これは是非実物を入手してみなければ!

外はサクッと、中はクリームがたっぷり

ということで豊川市への観光も兼ねてクルマで現地へ向かった。地元の普通の小さなスーパーに入ってパンの並ぶコーナーを訪れると、確かにあるあるある! 透明のビニール袋に薄いグリーンのロゴマーク。洗練さというよりは素朴な温もりを感じる包装で、端には110円と書かれている。

これがネットでも口コミでも「伝説の」「幻の」のコメント付きで、根強いファンに支持されている「たけの子パン」なのか? ばりっと袋を開けると、ふわっと甘い香りが広がった。「たけの子パン」の正体は、食感のいいデニッシュ生地で、中にホイップクリームが詰まった菓子パンだったのだ。

ようやく豊川市内でゲット! 確かに外見はタケノコに見えなくもない

デニッシュ生地にホイップクリームの組み合わせ

生地は外側がサクッとして中はしっとりしている。ほどよい甘さのホイップクリームがとどめ。最近のゴテゴテ系菓子パンの真逆にある、オーソドックスな菓子パンといっていい。シンプルで直球な分だけ、脳の奥深くにメモリーされやすいというか。最後にその形は、確かに豊川出身の友人たちが言うように、ニョッキリとタケノコそっくりなパンの形状なのであった。

夏は製造中止にも!? 「幻の」の理由

しかし、不思議なのはこの「たけの子パン」、筆者の出身地である名古屋などの尾張地方では、全くといっていいほどその名を知られていない。つまり、筋金入りの豊川市ローカルブランドなのだ。そんなに人気でおいしいのなら、なぜ販路を広げないのだろうか? 今や通販でもテレビ販売でも何でも手段はあるのに。

しかし、ここから先は開発メーカーに直接尋ねるのがベストだろう、ということで製造元のヤマトパンに取材を申し込んだ。ヤマトパンの本社は、もちろん豊川市にある。「パンは地元スーパーや高校の購買などで、長年販売してきたんです」そう教えてくれたのは、ヤマトパンの久世愛子(ちかこ)さん。

なるほど、学校の購買に置かれていたんだな。どうりで筆者の友人たちが「昔懐かしい」「突然無性に食べたくなる」と、郷愁をもって語るわけだ。彼らにとって、豊川での学生時代の青春の味といっていい一品だったのだ。

しかしこのネットやテレビの時代、ローカルで小さく販売するのではなく、うまく時流に乗せて巧みに宣伝すれば、全国区に躍り出ることもできたんじゃないか?「それは、当日に作ったパンは当日に売り切るからなんですよ。この商品で販路を広げるには限度があるんです」。しかもこの「たけの子パン」、実は「生もの」なので賞味期限が何と製造翌日なのだという!

その商品性からエリアでのみ販売をされている、まさに伝説の「たけの子パン」!

「夏場なんて、配送の途中でクリームが溶けちゃうこともあるんです。だから夏に製造休止することもあるんです」。なるほど! それで幻の味と呼ばれるようになったわけだ。この伝説の人気商品「たけの子パン」。もし本気で入手したいのなら、方法はひとつしかない。直接、豊川市を訪れることだ。

ネットやテレビ通販の拡大で、局地的なブームが即座に全国区のブームになる昨今のグルメ事情。そんな中で、地方のそれも一エリアで長年ベストセラーを誇り、まるで桃源郷のようにその内部で愛されつづけている商品があるなんて、素敵なことじゃないか。「食べたければ、豊川まで来てください!」これぞご当地フードの真骨頂と言えるのかもしれない。 

●information
ヤマトパン
豊川市古宿町市道43