経済ジャーナリストで、「物事をわかりやすく説明する」スペシャリストの木暮太一氏が、次のテーマに選んだのは"お金"。『カイジ「命より重い!」お金の話』(サンマーク出版、定価1,500円+税)は、人気漫画「賭博黙示録カイジ」(作者・福本伸行氏)を読み解き、マネーリテラシーの大切さを教えてくれる「お金の教科書」だ。「自分への投資っていうけど、それはただの消費です」。木暮氏の厳しい指摘に、誰もが我が身を反省するはず。私たちに何が足りないのか、木暮氏に話を聞いた。
木暮太一氏プロフィール
経済入門書作家、経済ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部を卒業後、富士フイルム、サイバーエージェント、リクルートを経て独立。学生時代から難しいことを簡単に説明することに定評があり、大学在学中に自作した経済学の解説本が学内で大ヒット。現在も経済学部の必読書としてロングセラーに。著書に『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)、『今までで一番やさしい経済の教科書』(ダイヤモンド社)など多数。企業や大学などでも多数の講演を行う。
――「カイジ」のストーリーをもとに、お金の正体を解説するというアイデアはとてもおもしろいですね。
「カイジ」は大好きなマンガで愛読していました。2009年に公開された映画「カイジ 人生逆転ゲーム」でストーリーを2時間に凝縮して見た時、「これは資本主義の話だ」と直感したんです。
もともと、お金についての本はずっと書きたいと思っていました。日本の教育の特徴ですが、子どもの頃に、お金についての勉強をしませんよね。給与が決まる仕組みとは、税金とは、ローンとは……。社会人として知っておくべき最低限の知識も持たずに社会に出て行く。「カイジ」の主人公・伊藤開司は、友人の連帯保証人になり、法外な利息でふくれあがった多額の借金を抱えることになります。そして、消費者金融・帝愛グループ傘下の「遠藤金融」の遠藤に誘われ、借金を返すために命を懸けたギャンブルに挑んでいきます。
マンガならではのダメな主人公、と片付けるわけにはいきません。このようなデータがあります。日本で消費者金融の利用経験者は約1,500万人で8人に1人(日本信用情報機構調べ)。多重債務者は現在107万人です。さらに、NTTデータ経営研究所は、「若年層は借入当初から消費者金融を利用する傾向が高い」と報告しています。カイジになるかもしれない人たちがたくさんいる。この現状をなんとかしなければ、と考えていたんです。
ここ数年、政府も同じことを考えていて、小中学校にお金についての授業を組み込んだりしています。使われているテキストを見ましたが、驚くほどつまらない(笑)。あんなに工夫のないテキストを読めるのは、とてもまじめな子だけでしょう。でも、本当にお金の知識が必要なのはまじめな子ではなく、カイジのような、気が緩むと自堕落な生活に陥ってしまう人です。そこで、「カイジ」をひもといて、お金の本性を説明することができれば、"カイジ予備軍"に届くのではないかと考えたんです。
――「カイジ」はギャンブルを題材にしたエンターテインメント作品です。でも、木暮さんが見ると、「資本主義の物語」に映るんですね。
僕はここ数年、ある企業の新入社員研修に講師として登壇しています。そこでも「カイジ」の映画を見てもらっています。彼、彼女たちに「誰が悪者?」と尋ねると、「帝愛グループ」と即答します。「じゃあ、誰が悪いの?」と聞くと、「……え? もしかして、カイジ?」という反応が返ってきます。
確かに、帝愛グループは悪者かもしれません。でも、資本主義経済は、ルールに則って、投資したお金からいかに多くのリターンを得るかというシステムです。帝愛グループは、いい年の大人と、さまざまな契約書を交わします。「勝てば借金帳消し、負ければ命の保証はない」という内容もあります。命を賭けるギャンブルは、もちろん違法です。でもその他の契約はお互いの合意に基づいた正当な取り決めです。このシステムの中で生きる限り、カイジのように搾取されるのは、マネーリテラシーがない「本人が悪い」のです。
――消費者金融は利用していなくても、クレジットカードで買い物する人は大勢います。でも、それも、「カイジ」と隣り合わせの行為なんですね。
クレジットカードでの支払いは、未来の自分からの前借りです。つまり、借金です。そのお金は、銀行や他人のお金ではなく、将来自分が手にするお金なのです。自分のお金をいつ使うのかは個人の自由ですから、それを重々分かってやっていればかまいません。でも、多くの人は、自分の懐を痛めず、他人のお金で支払ったという認識を持っているのではないでしょうか。だから、自分が払える以上の額を使ってしまう。払えないと気付いた時、消費者金融の借り入れが頭に浮かぶのです。消費者金融を利用する人の3人に1人が、カードで買い物をしすぎたことがきっかけというデータもあります。
――「自分への投資」も注意しています。「自己投資」「自分磨き」を勧める文句は世の中にあふれていますが……。
「転職するために英語学校に通う学費」「結婚相手を探すためのエステ費用」。自分を高めたい気持ちは分かるし、否定はしません。でも、これを"自分への投資"というのはごまかしです。投資とは、将来のリターンがある程度見込めるものをいうのです。英語を活かした転職ができるかどうか、それ以前に、英語が身につくかどうかも分からないのですから、この場合に使ったお金は、投資ではなく、単なる消費。投資だと自分をごまかして、お金を使うことで意味がある気がしているだけで、実情は多額のお金を消費しているだけにすぎない場合が多いのです。
――「自分へのご褒美」という思考も危険と書かれています。耳が痛いです……。
自分にご褒美をすること自体は悪くありません。これまでがんばった自分を褒めたい気持ちは誰でもあります。
問題なのは、給料日に「さあ、自分へのご褒美に何を買おうかな」と、お金を使う対象を探している人です。それで買ったものは、そもそもいらないものでしょう。ただ"消費したいだけ"なんです。
本にも書きましたが、人間の欲は心の中から自然に発生するというより、外界の刺激で膨らんでいくものです。町を歩けば街頭におしゃれな服が並び、テレビを見ればおいしそうな食事が映る……。それで欲が膨らみ、消費に走る。自分の欲がこうして刺激されていることを客観的に見つめ、コントロールしていかなければ、浪費が加速するだけです。
僕はほとんど物欲がありません。自分の欲を完璧にコントロールできるからです……と、かっこよく言いたいのですが、単にテレビで豪遊している人を見ると、手が届かないことにへこむから、見るのをやめたんです(笑)。でも、結果的に物欲が膨らむことはなくなりました。
――「私はカイジとは違う」と思っている人も、この社会が借金地獄への罠にあふれていることを知らなければいけないんですね。本書を読んで、よく聞く「リボ払い」の仕組みさえ理解していなかったと反省しました。もし、目の前で「リボ払いがおすすめですよ」なんて言われたら、よく考えずになびいたかもしれません。
人気タレントが笑顔を振りまく金融会社の広告が、うまくいっている証(あかし)ですね(笑)。「お客様のために」って文句、あれ、半分うそですからね(笑)。もうかるからそのサービスがあるんです。
資本主義経済では、どの企業もお客さんに喜んでもらうことで利益を稼ぎます。現物をお金で買う場合なら、消費者は持ち金がなくなれば止めます。でも、金融会社は、消費者にお金を借りやすくさせるのが商売。計画もなくそれに乗ってしまうと、まじめな人も「カイジ」になる危険があります。
――日本人はお金の「オフェンス(稼ぐ・貯める)」ばかりを気にして、「ディフェンス(使う・守る)」を知らないと書かれています。なぜ、日本人は"ディフェンス"が弱いのでしょうか。
書店に並ぶ本を見てもそうですが、「賢くお金を使おう!」というディフェンスの本より、「○億円貯めよう!」のオフェンスのほうが、楽しそうじゃないですか(笑)。お金には、「稼ぐ・貯める・使う・守る」の4種類があることを、マネーリテラシーのある人たちはよく知っています。でも、ディフェンスは地味だからあまり語られない(笑)。でも、カイジのような人はオフェンスより、ディフェンスを学ばなければいけないんです。
――今はまじめに働くだけでなく、資産運用で貯蓄を増やすことが賢いとされています。アベノミクス効果もあり、財テクをしない人は乗り遅れているとさえ言われます。でも、木暮さんは、「投資はギャンブルと似ている」と指摘していますね。
多くの人が、株価がどう決まるか、投資した会社が何をやっているかも知らずに、自分の財産をかけています。「円安が続くらしい」と聞いただけでドルを買っている。それって、競馬で「○番が人気」と聞いて馬券を買うのと何が違いますか。
投資とギャンブルが違うのは、リターンがあることにどれだけ確信があるかです。100%ではなくとも、どのくらいの確率でもうけがあるか、見通せていたら投資。それも分からずお金を張るならギャンブルと同じです。
長い不況を生き抜くため、あるいは、これからやってくるかもしれないインフレのために、自分の資産は守らなければなりません。それは正しい。大事なのは、お金を張った後の世の中の動きが見えているかどうかです。
――競馬、宝くじ、ロト6など、数々のギャンブルを取り上げ、筋のいいギャンブル(リスクの少ない投資)を考えるという切り口は驚きました。これほどの分析ができる木暮さんは、資産運用をしているんですか。
今のところ興味がないです。だって、ヘッジファンドの倒産は珍しくないですよね。24時間365日、資産運用を考えているプロでもリターンを得るのは難しいということです。理詰めで考えて勝てる世界ではないと思っています。
――特に若い世代は、将来が不安だとせっせと貯金に励んでいます。木暮さんは「20歳から生活を切り詰め、1カ月3万円を貯めたとして、30年後の貯金は○円」と言います。計算すればその通りですが、突きつけられると……ため息がでます。
貯蓄で不安のすべてが解決すると思っている人が多いですが、いくら貯金をしてもお金の問題は一生片付きません。たとえ1億円の貯蓄があっても、失っていく不安がつきまとうものです。これは僕の考えですから、万人が納得するわけではありませんが。ただ、コツコツお金を貯めて、30年後にいくらになるかという現実は、早くに知っておくほうがいいのではないでしょうか。
――そこで、できる限り長く働き続ける能力を身につけよう提案されていますね。
若い時から重ねた経験が、「自分はどんな社会になっても生きていけるだろう」という自信につながります。お金より、この自信が最も安心できる資産になると思います。もちろん、働きたい人が働ける制度設計も必要です。
――でも、現代では、まさにカイジのような若者は「自信につながるようなまともな仕事はない」と言うかもしれません。
「働いたら負け」という言葉をネットでよく見ます。でも、彼らは一体誰と戦っているのか、不思議になります。
なかなか就職が決まらず、やっと見つけた仕事は賃金が抑えられ、クタクタになるまで働いて、ブラック企業だと気づく……。悲観的になるのは分からなくはありません。でも、僕たちはその中で、もがき、生きていくしかないんです。
「カイジ」の中で、帝愛グループの利根川幸雄が言っていますが、「口を開けて待っていたら、お金がふってくるわけではない」。何もせずに飯が出てくるわけではありません。自分で何とかしなければいけないのが世の中です。すべて希望通りにはいかない、そこが出発点です。
――「多重債務に陥っても、今のところ、個人を守る十分な法律はない」と書かれています。筆者によっては、ここから政策論につなげます。でも、木暮さんは、あくまで現実を突きつけるところで止めますね。
僕の根本には「世の中はそんなに早く変わらない」という考えがあります。
物事の結果は、内的要素と外的要素で決まります。内的要素は、自分の能力や意思など、個人で変えることができるものです。外的要素は自分をとりまく環境です。景気、政権、技術革新、世間の常識などです。外的要素を変えたくても、個人の力ですぐに動かせるものではありません。長期の展望を持ち、世の中の変化を促すことは大切ですが、その間は内的要素をうまく環境に合わせつつ、やっていくしかないのです。
ですから、「多重債務者を救う法律が必要だ」と当たり前のことを書いても、個人がまさに直面している問題には役立ちません。僕は今、この環境で自分をどう守るかを伝えたいんです。カイジからお金の怖さを学んでほしい。若いうちから、マネーリテラシーを身につけ、賢くお金とつきあってほしい。この本がそれに気がつくきっかけになればうれしいですね。
――とても勉強になりました。ありがとうございました。