2013年7月16日、我々の眼前に突如姿を現した、アップルの「Logic Pro X」。レディー・ガガやアデル、そしてマルーン5など、世界中の著名アーティストも制作に愛用していた前バージョンから、実に4年もの歳月をかけてリファインされたこの怪物。――筆者がまず対面して感じたこと……言葉であらわすなら、「広く・そして深い」のだ。楽器を手に取ったばかりの初心者から、日々音楽制作の最前線で戦う強者まで、音楽を愛するすべての人々に、平等に解放されたツール。それが、この「Logic Pro X」なのだ。今回は新たに追加された機能にフォーカスしつつ、3回にわたってその魅力にとことん迫ってみよう。
まずLogic Pro Xを起ち上げて目を引いたのが、デザイン面の変更だ。グレーを基調にしたバックグラウンドに、より大きな文字のメニュー表示。長時間の制作による眼球への負担を軽減するためのものだろう。「目に優しい」ということがどれだけ有り難いか、ということを再認識させられた。また、以前からのユーザーであれば、画面のレイアウトの変化にも気がついたはず。従来下にあった、トランスポートセクションが上部に再配置され、核となるセクションがすべて上段に集約されることになった。新規ユーザー以外は一瞬戸惑うかもしれないが、操作に慣れるうちに、この変更が実に合理的であることに気づく。なぜなら、カーソルの動線を最小限に抑えることによって、制作ワークフローの短縮に一役も二役も買っているのだ。加えて、複数トラックを同時に選んでの移動や、プラグインのスロット間移動やバイパスなども、従来の装飾キーを使った操作を廃止、マウスのみでの操作を可能にしたのだ。これら1アクション"コンマ何秒"でも数千~数万回にもおよぶ操作の積み重ねによる時間の経過は、決して無視できない。「クリエイティブなアイデアをすばやく形に」というアップル社の言葉は、新しくデザインされたこのインターフェースに、すでに反映されているのだ。
ところで、このLogic Pro Xでのあまりにも大きな変更に、「今までのノウハウやオリジナル・ショートカットなどのデータは活かせるのか?」と、一抹の不安を覚えた方もいるかもしれない。しかし安心して欲しい。このバージョンでも、互換性は十二分に保証され、(Ver.5より上位互換)今まで温めてきた、自分だけのキーコマンドなども勿論インポートできる。試しに筆者もオリジナル・キーコマンドをインポートしてみたが、問題が起こるどころか、Ver.9までと全く変わらないショートカットの操作感に、感心してしまったほどだ。
目玉となる新機能をピックアップ
今回追加された機能のごく一部、その中でも目玉をピックアップしてみた。
- 仮想セッションプレイヤー …… "Drummer"
- ボーカルのピッチ修正からタイミングの微調整まで、意のままに …… "Flex Pitch"
- 複数のトラックを統合してコントロール …… "Track Stack"
- さらなる進化を遂げたMIDIエフェクト …… "Arpeggiator"
- 複数のプラグインパラメータを一度にコントロール …… "Smart Control"
- 新設計のビンテージキーボード・シンセサイザー群 …… "Retro Synth"
- 新登場の"Bass Amp Designer"と新しい"Pedalboard ストンプボックス"
- さらにパワフルになった"ミキサーセクション"
- 機能強化された"スコアエディタ"
- 生まれたての作品を世界へ …… "Sound Cloud"や"Final Cut Pro X"との連携
- 新しい"サウンドライブラリ"&"ループ"
- "Logic Remote" (無料・要iPad互換 iOS 6.0以降)
- スタジオのクオリティをステージで再現 …… "Main Stage 3"
それでは、順を追って見ていこう。
仮想セッションプレイヤー …… "Drummer"
楽曲制作の中でもっとも大切な要素、それはリズム。しかし音楽制作を始めたばかりの人や、プロのプレイヤーの中にも「ドラムは専門外」……などと、デモ制作では単調なパターンの打ち込みや、出来合いのLoopリズムに頼ったりするケースも多いのではないだろうか。今回お目見えしたこの"Drummer"はそんな従来のリズム音源の常識を破る、画期的なセッション仲間なのだ。
まずこの画面を見てほしい。
画面左側に待機するのが、まさにこれから我々とセッションを始める強者ドラマーの面々だ。世界トップクラスのドラマーの演奏を、伝説のエンジニア、ボブ・クリアマウンテンらが余すところなく収録し、音像も極めて肉感的な彼らのプレイ。表示されているRockカテゴリーの他には、オルタナティブやR&Bなど、様々な要素をカバーし、貴方のアイデアを忠実にサポートしてくれる。
操作は至って簡単。プレイするドラマーをチョイス、(アイコンのルックスがそのままプレイスタイルに反映されるのも興味深い)その横にある画面でプレイの手数を選択、さらにその右のドラムキットの画で、「ドラム(太鼓)」中心にプレイするのか「シンバル(金物)」を多く鳴らしながらのプレイなのかをコントロール。その横のスライダーやロータリーエンコーダに至っては見ての通り、上げれば上げるほどその要素が色濃く反映されるという訳だ。これだけではない。もう一つ注目してほしいのは、画面右下にある「従う」というチェックボックスだ。ここにチェックを入れることにより、他のパート(例えばベース)の演奏に対して、ドラムパターン(キックなど)を自在に変化させ、追随する(!!)のだ。従来のLoopを使ったリズム構築にありがちな、「アクセントやシンコペーションのパターンが単調になってしまう」といった問題さえも一瞬にして解決してしまう魅惑のチェックボックス。プロとして活躍する人にとっても、組み合わせ100万パターンを超えるフレーズを持つこの"Drummer"とセッションすることで、自分の手癖からの脱却&新たなるアイデアのトリガーが得られること請け合いだろう。勿論、"Drummer"のデータを元に、従来の詳細なMIDIエディットも可能だ。そう、つまり世界一流のプレイとエンジニアリングによるサウンドを一度に手に入れられる、この上ない贅沢が、この"Drummer"に詰まっているのだ。
また、この"Drummer"と一緒に使用するよう設計された"Drum Kit Designer"を使うと前述の一流エンジニアが構築したミキシングバランスを元に、キットの変更は勿論、各パートのバランスを自由にアレンジ、自分だけのサウンドメイキングを堪能できる。エンジニアを志している人には、そのミックスの手法が公開されているとも言えるわけで、ここも注目すべきポイントだろう。この"Drum Kit Designer"はスタンドアローンでも動作するので、手持ちのドラムパッドで演奏するのもオススメだ。
そして何より驚かされたのは、そのドラムキットのロード時間の短さだ。サードパーティーのソフトウェア・ドラム音源などは、高品質ながらそのファイル容量の大きさ故、ロードが完了するまで長時間待たされてしまうことがよくあった。しかしこの"Drum Kit Designer"は一瞬にしてロード完了、音楽制作に対する熱い思いを一切スポイルすることなく対応してくれた。さすが64bitアーキテクチャー、大きなプロジェクトも余裕でこなすパワーを、いきなり体感させられてしまった。