みなさん、こんにちは。フィスコリサーチレポーターの三井智映子です。
今回は第6回でも書いた「為替」について、もっと詳しく知って頂きたいなと思います。
金本位制でアメリカは1トロイオンスの金を35ドルの紙幣と交換する義務
毎日ニュースでも流れている為替。「何円何銭の円高になっています」など、聞いたことはありませんか? 外国為替市場の需給均衡は、ドルの価値か下がればドル需要は増えて、価値が上がれば供給が増えます。要は株と同じで安ければ買うし、高ければ売るという需給バランスで価格が決まっています。そうやってバランスを取るわけですね。
円が誕生したのは1871年。新貨条例によって日本の通貨である円が産まれたのです。その時の為替レートはなんと1ドル=1円でした。現在のようにアメリカドルが世界の基軸通貨になったのは第二次世界大戦後。大英帝国のグレイト・ブリテン・ポンド、GBPにとってかわった形です。
1944年にアメリカ、イギリスなどの45カ国が会議で戦後の国際的な通貨体制を検討し、会議で金本位制にもとづく固定相場制を採択しました。ブレトンウッズ体制と呼ばれる通貨制度です。金本位制というのは通貨の価値を、実物資産である金が保証、バックアップする制度です。それによりアメリカは1トロイオンス(約31g)の金を35ドルの紙幣と交換する義務を負いました。その代わり、ほかの国はドルをベースで定められた自国通貨のレートを、上下1%の範囲に維持することが義務付けられ、ドルと固定レートでやりとりができるようになりました。また同時にIMF(国際通貨基金)が創設されることになります。
日本はといいますと1945年8月のポツダム宣言のあとは、連合国の統治下に置かれました。ドル円はというと、はじめはなんと1ドル=15円! 今に比べればなんて円高! と感じると思いますが、実は大戦直前は1ドル=4円25銭だったので、それから比べると大幅な円安に設定されたことになります。その後は以前書いたように、日本は敗戦直後に戦後インフレがおきましたよね。そのインフレによってレートは1ドル=50円になり、その後も円安の波は止まらず1ドル=360円でようやく落ち着きます。そして1951年のサンフランシスコ平和条約で主権を回復して、翌年IMF(国際通貨基金)にも加盟したことから1ドル=360円が円のレートとして国際的に認められることになります。以後、ニクソンショックまでの22年間にわたり、1ドル=360円と決まっていました。これを固定相場制といいます。
かなりの国がドルとの固定相場を維持
その後1971年にニクソン米大統領就任時のアメリカが、金とドルの交換を停止したことがきっかけで起きた通貨危機の中、日本は1973年2月までに変動相場に移行しました。そして1976年のIMF総会で最終的に変動相場制も容認されました。しかし実際にはかなりの国がドルとの固定相場を維持しています。変動相場制では市場で価格が決まり、国際収支不均衡などが影響します。話を戻してドル円は円高を続け、1978年には1ドル178円に。1985年のプラザ合意のドル高是正の後、1995年に戦後初の70円台をつけます。2001年のテロから日米金利差や2008年のリーマン・ショックや2010年のNYダウの暴落を経て円高傾向にありましたが、昨年のアベノミクスで円安転換しました。
ドルは国際基軸通貨なので、アメリカの経済・財政政策の失敗が何度も国際通貨危機に発展したといえます。今でもアメリカ雇用統計などの経済指標は、為替や日本の株価に影響を与えますよね。最近でも円高が主な原因で日経平均株価が下がったりと、株式を運用する上でドルの情報、為替の情報はマスト! ですよ。
執筆者プロフィール : フィスコ リサーチレポーター 三井 智映子
共立女子中学校・高校を経て、早稲田大学政治経済学部へ。2001年から芸能活動を開始し、現在テレビ、CM、舞台などに出演。また、いち消費者とアナリストの中間的な存在であるフィスコのリサーチレポーターとしても、株式やFXの現場を取材レポートしています。