付き合って10年の彼女に、プロポーズしたが断られた…
たとえば好きな異性にあの手この手で求愛を続けているものの、悲しいかな、相手が一向に振り向いてくれないとき、人はどのタイミングでその恋をあきらめるのだろうか。これが若いころなら、自分の気持ちに素直に身を任せれば良いだけだろうが、年齢を重ねると、そうはいかなくなってくる。ましてや、その人が年齢的に早く結婚したいと焦っているなら、なおさらだ。成就する可能性の少ない恋にはさっさと見切りをつけて、早く次の出会いを探すほうが、結果的に幸せへの近道になることも少なくない。
僕の友人である独身男性・Wも、現在それに悩んでいる。今年で37歳になる彼には付き合って10年近くにもなる4歳下の彼女がおり、当然これまでに何度も結婚の空気にはなったのだが、そのたびに仕事などのタイミングが合わず、結論を先延ばしにしてきた。
もちろん、僕をはじめとする友人たちには、「あれこれ考えずに、さっさと結婚すればいい」とアドバイスされている。W自身も20代のころと考え方が変わったためか、そのアドバイスを素直に聞き入れるようになった。これも年齢的な変化なのか、最近になってWの中には早く子供が欲しいという気持ちも芽生えてきたという。
ところが、男女の関係とは複雑なもので、そういうWに反して、彼女のほうは今になって気持ちに変化が生まれたのである。今年初めにWが結婚の申し込みをしたところ、あろうことか彼女はそれを断り、「考える時間が欲しい」という言葉を残した。なんでも、彼女はこれまで何度か結婚の時期を逃したことで、Wへの気持ちが薄くなり、今さら結婚に向かって気持ちを再燃させられなくなったというのだ。
数えきれないほど、彼女に再プロポーズを繰り返す
とはいえ、簡単に別れられないのが約10年という交際期間の重みである。彼女は結婚という気持ちにはなれないものの、だからといってWのことが嫌いになったわけでもないらしく、したがって彼女のほうから別れを切り出してくる気配はない。一方のWは彼女がそういう態度に出たことで、ますます気持ちに火がつき、これまで以上に彼女との結婚にこだわるようになった。実際、今年初めのプロポーズから半年以上もの月日が流れた間、Wは数えきれないほど彼女に再プロポーズを繰り返してきたという。
しかし、そのたびは彼女の答えはノーのままだ。それどころか、最近は以前にも増して彼女の気持ちが冷え切っている印象を受けるという。きっと彼女はもう、Wに対する愛情はなくなったのだろう。それでもまだ別れを切り出してこないということは、彼女も彼女で10年という交際期間によって生まれた情と惰性にとらわれているに違いない。
そう思うと、Wは空虚な気持ちになり、彼女との結婚に絶望を感じるようになった。こうなったら思いきって彼女と別れ、次の出会いを探したほうがお互いのためなのではないか。もしかしたら、彼女もその言葉を待っているのかもしれない。
しかし、その一方でWは今さらすべての関係をリセットすることにも強い抵抗があるという。無理もないだろう。なにしろWと彼女には10年間という長い歴史があるのだ。お互いのことを誰よりもよくわかっているだろうし、長い時間をかけて築き上げてきた信頼関係と絆もあるだろう。それと結婚への衝動はまったく別物なのかもしれないが、だからといってその衝動が湧かないという理由だけで、これまで築き上げてきたものをゼロにするのも忍びない。かくして、Wはますます進むべき道に迷っているというわけだ。
歴史にとらわれて、正しい判断ができなくなる「コンコルドの誤り」
この話を聞いたとき、僕がふと思い出したのは、行動生態学の分野で俗に「コンコルドの誤り」と呼ばれる考え方についてだ。
ご存知の方も多いだろうが、コンコルドとはかつてイギリスとフランスが共同開発した超音速の旅客型飛行機のことで、高度5万5000から6万フィートという、通常の旅客機のおよそ2倍もの高度を、マッハ2.0という驚異的なスピードで飛行する、まさに夢の乗り物だ。そのため、開発当時は世界中で話題になり、各国からの注文が相次いだ。
ただし、その一方でコンコルドは開発の最中に、たとえそれが完成したとしても採算がとれることはないという厳しい問題に直面していた。つまり、現実的には使い物にならないということが、途中でわかってしまったのである。
ところが、当時のイギリスとフランスは、これまでにコンコルド開発に長い年月とコストをかけていたため、今さらそれをやめるとすべてが無駄になると考え、使い物にならないとわかっていながらも、開発を続行した。こうして強引にでもコンコルドを完成させたのだが、いざ実用化してみると、予想通り採算の問題が生じたため、結局コンコルドは多くの赤字を残したまま、2003年をもって全機退役となった。開発の途中で使い物にならないとわかった以上、やはりそこでやめておくべきだったのだ。
このように、人間がなんらかの決定を下す際、これまでの歴史にとらわれて、正しい判断ができなくなることを「コンコルドの誤り」と呼ぶ。先述したWが今まさに陥っているのは、その状態だと思う。確かに彼女との歴史はWにとって重く、尊いものだろうが、それを彼女との結婚の判断材料にするのは危険すぎる。こういうとき、Wは将来の見通しと現状の客観的認識だけで、進むべき道を決定したほうが無難なのである。
<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。早稲田大学卒業。これまでの主な作品は「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」「雑草女に敵なし!」「Simple Heart」など。中でも「雑草女に敵なし!」は漫画家・朝基まさしによってコミカライズもされた。また、作家活動以外では大のプロ野球ファン(特に阪神)としても知られており、「粘着! プロ野球むしかえしニュース」「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「野球バカは実はクレバー」などの野球関連本も執筆するほか、各種スポーツ番組のコメンテーターも務めている。
オフィシャルブログ
山田隆道ツイッター