名前は「フライ」なのに揚げないローカルフードとは?

埼玉県の北部・行田市とその周辺では、「フライ」という知られざるローカルフードがある。面白いのは、フライという名前のわりには鉄板で焼き、油で揚げないということ。他県民には全くなじみがないこの「フライ」とは、果たしてどんな食べ物なんだろう?

小麦の街のふんわりサクサクフード

フライを語るなら、北埼玉の食文化を知る必要がある。北埼玉は古くから小麦の産地であり、このあたりの小麦農家では、戦前に小麦粉を焼いておやつにしていた。これがフライのルーツである。

更に昭和初期、この地域では足袋工場が全盛を迎えていた。そこで働く女工さんが好んで食べたのが、安くて腹持ちがいいフライなのだという。そんなわけでフライを扱う店が次第に増え、名物として定着していった。

フライの特徴は、(お好み焼き+クレープ)÷2にしたもので、ふんわりしていてそれでいてサクサク感も楽しめる絶妙な食感だ。鉄板でうすく小麦粉の生地を焼き、ネギなどの野菜や肉、卵を載せ、その上から更に生地をかぶせて焼き上げる。そこにソースやマヨネーズ、七味唐辛子などで味を調える。作り方もやっぱりお好み焼きとクレープを足したような感じだが、店によっては2つ折りで出てくるところもあるという。

埼玉県行田市の古沢商店は「フライ」の元祖の店のひとつとして知られる

行田市の古沢商店はこのフライの元祖の店のひとつと言われている、大正14年(1925)創業の店だが、老舗というよりは下町の駄菓子屋さんと言った方がしっくりくる。店を切り盛りするのは古沢芳子さん。店を開いた母のむめさんの後を継いだ2代目で、御年80歳オーバーだとか。

「昔は店の周りに足袋工場がいっぱいあって、女工さんたちがお昼を食べにきて、そりゃ忙しかったですよ」と、当時のことを話してくれた。ちなみにフライ焼き歴は「ずっとお母さんを手伝っていたから、もう60年は超えてるねえ」と笑う。

店主の古沢芳子さん。その道、60年以上とのこと

駄菓子感覚。ゴージャスバージョンでも400円

高度成長期を経て足袋工場は姿を消し、今は平日が比較的ゆっくりで土日になるとインターネットや雑誌で情報を聞きつけた人たちがこぞって来店し、忙しいそうだ。この店のフライは、ネギと肉、卵とシンプル。これで300円というから食事というよりは駄菓子感覚で食べられる。ちなみに、400円になると青のりと桜エビが入って少しゴージャスになる。

芳子さんは「おいしい焼き方の秘密? もうずっと焼いてるから自分でも分かんないねぇ」と取材者泣かせのことを言うが、それは照れ隠しではなくて本心なんだろう。味はしょう油とソースの2つから選べるそうで、「私らはしょう油の方がいいけど、若い人たちはソースがいいって言うね」だそうだ。

「フライ」は300円。青海苔と桜海老が入ると400円とのこと

食べてみると実にやさしい味わい。懐かしい昭和の風景が浮かんでくる。昭和を知らない若い世代にはこれが逆に新鮮なようで、世代に関係なくお客は集まるという。「昔、工場で働いていた女工さんが、今でもわざわざ食べにきてくれる時が一番うれしいね」と、語る芳子さん。いつまでも元気に、この味を守り続けてほしいものである。 

●information
古沢商店
埼玉県行田市天満5-14