『天職』(朝日新書/798円)

「"やる"と"やろうと思った"のあいだって、めちゃくちゃ深い川が流れてるんですよね、わかりますよね?」

痛い。やろうかなと思ってたあれこれを思い出しては身につまされて痛い。小説『ドロップ』を書き自分で映画を撮り興行収入27億円をあげた品川ヒロシ。そんな品川が鈴木おさむに語った言葉がこれだ。「うんうん」とうなずいた鈴木はその後書いてなかった小説を急いで書き始めたそうだ。

AKB48総合プロデューサーの秋元康と「SMAP×SMAP」「ほこ×たて」などを手がける鈴木おさむ。二人の放送作家の対談本『天職』(朝日新書)は人がどうやって夢をかなえて天職に出合うかがテーマだ。夢をかなえようとするのは基本的に「イタい」ものだとふたりは言う。

鈴木 やっぱり夢をかなえるための最初の一歩は、「イタさ」じゃないですか。親やまわりに無理と言われてもそこに進めるイタさ。信じ抜けるイタさっていうか。

秋元 不器用な人が成功するんだよね。不器用な人がトンネルを掘り始めたら、そのトンネルしか掘らない。(中略)だから、元AKBの前田敦子みたいな子を見てると、不器用で、きっとAKB48しか信じるものがなかったんだろうなと思う。

冒頭のことでいうなら小説を書きたいと宣言すること自体ある種の「イタさ」をはらむ。ある日自分の父親が「おれ小説書きたい」と言い出したら(……うわっ!)と思うことだろう。夢を追う姿勢にはこうした「イタさ」がつきものだ。

マイナスの状況をプラスに変える鈴木おさむ

だがこうした「イタさ」を乗り越えて、やりたいと思ったことは口に出さないといけないと鈴木は言う。それは自分にくるはずだった仕事を先輩放送作家によこどりされた経験から学んだものだそうだ。本書を読んでおどろくのはそうした不幸なできごとから鈴木が持ち帰ってきた人生訓の多さだ。

ある日突然父の借金1億円を背負うことになった鈴木。鈴木はのちにめちゃイケの総合演出をする片岡飛鳥に「来週、とりあえず会議にきて、その話、おもしろくしゃべってみろよ」とさそわれる。「この人、頭おかしいんじゃないか」と思った鈴木だが次の会議でできるだけ明るく借金の話をした。するとみんなが笑った。鈴木はここで「僕の借金の話は、おもしろいことなのかもしれない」と気づいたという。自分の人生をふりかえってみてもこんな経験は一つもない。マイナスの状況でプラスに変えられる方法に気づき持ち帰ってくるのが鈴木のすごさだ。

「予定調和を壊す」秋元康

一方の秋元のすごさとは、ふだんから「予定調和を壊す」と自負する意外性であり裏切りだろう。

秋元 AKB48の高橋みなみが「努力は必ず報われる」って言うじゃない。すごくいい言葉だし、高橋みなみたちの努力は報われて欲しいと、切に思う。だけど、努力は報われないこともあったなっていうのが、僕の中にあるんだよ。

総合プロデューサーがそれを言っちゃうのかという思いである。秋元の発言はとにかく意外性にあふれている。本書の中で繰り返し語られる、お金のことはどうでもいい、やりたいことしかもうやらないという話もあの秋元康がかというおどろきがある。なかでも「もう、汗をかくしかないと決めた」秋元がAKBの800曲近くある楽曲の作詞を手がけたことを「こだわりみたいなものかな。部屋のインテリアみたいな……」といってるのはすごい。一体どんな部屋なんだ。あきらかにインテリアのレベルじゃない。

今回の対談本『天職』(朝日新書)では、こうした二人のエキスパートがあなたの人生を前向きに傾けたり、ときにはひっくり返して裏から見るヒントを与えてくれるのだ。そしてそれ以上にあの二人がとにかくやれ今すぐやれと急かしてくれる。これは焦る。「やろうと思っていた」その足踏みがいやがおうでも一歩前に出ることだろう。