福岡では昨今、青い頭巾をかぶった忍者が出没している。しかもビシッとスーツ姿で決め、ピンクのネクタイをなびかせながら、博多のビジネス街を駆け抜けている。ネット上で話題沸騰の彼は、人呼んで「サラ忍マン」。その実の姿は、田口健太郎というれっきとしたサラリーマンである。
「跳べない頭巾はただの布だ」
今年のNHKワールドTVでは、「Salaryman to the Rescue」と題して全世界にも放送された。彼のfacebookページのカバー写真には、こう記されている。「跳べない頭巾はただの布だ」。あたかも紅の豚のポルコ・ロッソを思わせるイカしたせりふではないか。
そんな彼だが、本業はサラリーマン。市内に本店をおくIT企業に、営業部統括マネージャーとして真面目に勤務しているそうだ。営業部統括マネージャーと言えば、会社の中では重要なポスト。そのような役職にある人物自らが、仕事を終えると変身するのだ。
現代によみがえる猿飛佐助ならぬ「サラ忍マン」だが、誰もがひそかに抱く変身願望を実現した彼に、今や全国ならぬ全世界が注目をし始めている。今回は、そんなサラ忍マンに取材をしてみた。
――いつも、忍者頭巾をかぶって活動しているんですか?
「いやぁ、写真を撮る時以外は頭巾はしていませんよ。そもそも忍者は目立ってはいけない。常に“ひそむ者”ですから」
――では、撮影中などでリアルにサラ忍マンを見た人は非常にラッキーということですね。
「はい。そのうち『サラ忍マンを見ると福が舞い込む』なんてウワサができるといいですね(笑)」
――この人気ぶりだと、ニセモノも出現するのでは?
「ニセモノですか? いいじゃないですか! 私はニセモノが出て初めてホンモノと認められる気がします(笑) 」
きっかけは家族旅行
彼がサラ忍マンとして活動を始めたのは2012年4月のこと。家族旅行の際、佐賀県嬉野市にある忍者村「肥前夢街道」をコースに組み込んだのがきっかけだ。軽い気持ちで手作りの忍者頭巾をかぶって忍者村を来村したところ、「こんな客は初めてだ!」と手厚い歓迎を受けたのだという。
面白いのはそこからの展開。忍者頭巾姿の幸せな家族旅行の写真をfacebookにアップしたところ、国内だけでなく海外から続々と反響が寄せられ始めたのである。外からの反響に後押しされるかたちで、普通のサラリーマン田口氏はサラ忍マンとしてのタレント活動を決意したという。
彼のミッションは、「現代社会で働くサラリーマンに元気と勇気を与える」こと。活動の基本はfacebookへの投稿らしく、仕事の合間にスーツ&忍者頭巾姿の写真を撮り、facebookにアップしている。
続々とアップされている写真を見ると、彼の行動は実にサラリーマンらしい。ある時は天神のビジネス街をかっ歩し、ある時は公園でのんびり憩う。またある時は電車内でウトウト居眠り、時には屋台でチビチビ酒を飲むことも。忍者頭巾を装着していること以外は、普通のサラリーマンと何ら変わりはない。
しかし、福岡の日常風景に溶け込んでいることには驚かされる。いまや彼のfacebookの投稿には、500以上の「いいね!」がつくほどの人気。コメントの末尾には必ず「にんにん=卍」とクレジットが入ることも、人気の理由かもしれない。
活動拠点こそ天神のビジネス街だが、今はネットが主流の時代。彼の姿は全国のサラリーマンに元気とユーモア、そして会社のしがらみに縛られることからの解放感を与えているに違いない。
忍者は伊賀や甲賀のみならず、九州にもいる!
このサラ忍マン、福岡ではディナーショーまで開催するほど人気ぶり。以前開催したショーでは、数々の「サラ忍術」を披露した他、サラ忍マン誕生のきっかけとなった忍者村「肥前夢街道」から、師匠ともいうべき葉隠忍者頭目の剣源蔵が参戦し、忍法「空中リンゴ斬り」を披露して大いに盛り上がったという。
ちなみに忍者と言えば伊賀(三重県)や甲賀(滋賀県)が有名だが、実は九州にも多数の忍者がいる。そんな九州忍者の文化を保存し、九州で活躍する忍者を支援する団体として2012年1月に発足したのが「九州忍者保存協会」。同協会には九州5県の13団体が加盟し、サラ忍マンも福岡中央支部に支部登録している。
とはいえ彼は、壁を登る訳でもなくマキビシをまく訳でもない。もっとも得意とするサラ忍術は、さり気なく名刺を差し出す「名刺手裏剣」。そしてあらゆるトラブルに対応できる「平謝りの術」だ。田口氏の繰り出す「サラ忍術」は、サラリーマンの日常生活で鍛錬された都会の荒波を乗り切る処世術とも見える。これこそ、知らず知らずのうちに相手の懐に飛びこむ、「忍びの術」に他ならない。
過酷なビジネスシーンにおいて、必要なスキルを必殺技としてしまうあたりも、彼の実用性を生かしたユーモアセンスのあらわれだろう。
――ちなみに頭巾をかぶっていても面はまる分かりですが、ご家族の反応は?
「ハハハハ、なかなか理解を得るのは難しいです。私には2人の子供(3歳、6歳)がいて以前は私に懐いてくれなかったんです。でもこの活動を始めてから、少しだけ反応を示してくれるようになりました。それが一番うれしい。私の活動が少しでも世のお父さんを元気づければと思っています」。
こうしたポジティブ思考が功を奏してか、現在では彼に憧れてピンクの頭巾をまとった「くのいちOL娘」(実は会社の部下)も登場している。しかし、その素顔はいたって真面目。家族を愛する2児のパパなのだ。とっぴな行動の中にチラリと垣間見える「日本の若いお父さんっぽさ」も、また人気の理由のひとつなのかもしれない。