島根県東部にある宍道湖(しんじこ)は、日本で7番目に大きな湖だ。この湖は、塩分を含む“汽水湖(海水と淡水がまじりあっている湖)”であるため、なんと淡水魚と海の魚のどちらもが生息している。
主な魚介類は、コイやフナ、シラウオ、ワカサギ、ボラ、スズキ、シジミなど。さらに、これらの豊富な魚を目当てに、冬になると北方からハクチョウやガン、カモなど2万羽を越える渡り鳥がやってくる。
湖が誕生したのは約1万年前だと推測されている。その形状は東西に伸びていて、面積は79.1平方メートル。周囲は47kmだ。だが、これだけ大きな湖でありながらも最大深度6.4mと浅く、そのため少しの風で大きな波が立つのが特徴になっている。また、豊かな自然に恵まれている他、沈む夕陽が美しいことでも知られている。
七か八か、議論の末に七珍へ
宍道湖は、境水道、中海、大橋川を介して外海と接しているため、湖の塩分濃度は場所によって異なる。そうした理由により、多彩な生物が生息していることから、城下町・松江の文化、特に食文化にも大きな影響を与えてきた。
それらの集大成として考案されたのが「宍道湖七珍」である。「宍道湖でとれる魚介類の種類が多いので、七珍に絞るまでには数々の議論がありました。実際に最初は『宍道湖八珍』だったのが、キスが海の魚だというので外されて『宍道湖七珍』になったんです」と宍道湖漁業協同組合の高橋さんは言う。
一度聞いたら忘れられない「相撲足腰」
七珍の起源は昭和5(1930)年に、当時、松江で発行されていた新聞「松陽新報」の記者だった松井柏軒(はっけん)が、「宍道湖の十景八珍」を発表して連載したのが始まりだと言われている。その後、いろいろな議論の末に七珍に選ばれたのが、「スズキ」「シラウオ」「コイ」「ウナギ」「モロゲエビ」「アマザキ」「シジミ」である。
これらの中には聞き慣れないものもある。「アマザキは朝鮮半島からベーリング海にかけて分布するワカサギのことで、モロゲエビはクルマエビの一種です」(高橋さん)。南蛮漬け、しょう油のつけ焼、天ぷらなどで食べるのが松江流だ。
また、コイは海水の混じった水の中で暮らしているため、淡水だけのものとは違い泥臭さがないのが特徴だという。細かく切り、塩ゆでした卵巣とあえて、煎り酒とタレで味わう「鯉の糸造り」はこの地方の代表的郷土料理だ。
宍道湖七珍では、その他にも様々な調理法によって作られた料理を堪能できる。例えばウナギは「地焼き」と呼ばれる伝統的な焼き方で調理されるが、これは出雲から上方に伝わり、全国に広まった調理法である。スズキは一尾まるごと奉書紙に包んで蒸し焼きにするが、不昧公(出雲松江藩の第7代藩主)が好んだ一品として有名なのだとか。
ちなみに、七珍すべてをそのまま覚えることは難しいため、この地方ではみんな「相撲足腰」の語呂を利用して覚えている。相撲や足腰とは何の関係もないが、それぞれの食材の頭文字を並べたこの言葉、一度聞いたら忘れられないインパクトがある。
家庭ではそれぞれを旬の季節に食べる
七珍の中には、宍道湖の環境の変化によって漁獲量が減ってしまい、なかなか食べられないものも出てきている。加えて、「食生活が変化したことから、最近では湖で獲れる魚を食べなくなってきています」と話す高橋さんも残念そう。
しかし、長年培われてきた大切な食文化を守るため、県でもいろいろなイベントなどを開催して啓蒙(けいもう)を図っている。もちろん、松江市内の旅館や料亭では、宍道湖七珍を食べることができる。価格設定は店によってマチマチだが、七珍すべてそろったものを食べようと思うと、それなりの値段はするという。
また、季節によって獲れない食材もあるため、一般家庭で七珍すべてが食卓に並ぶことはほとんどないのだとか。ただし、それぞれの食材を旬の季節に楽しむ家庭は多いそう。春から夏にかけてのこの時期なら、シジミやウナギがもっともおいしい。
昔から人々の生活に深く関わってきた宍道湖。松江の文化を支えてきたもののひとつに、湖がもたらす豊かな食材があったことは間違いない。神秘の国・島根の神髄を知るためにも、宍道湖の豊かな自然の恵みを食してみるのもいいかもしれない。
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しまね観光ナビ