NEVER ASSUME

「これは僕の紋章です。袖がたくさんあります。オシャレでしょ?」ポールは微笑みながら生徒たちに話しかける。ホールの壁に投影された彼の紋章の下には、ポールが何よりも大切にしている「NEVER ASSUME」という言葉が書かれている。

「NEVER ASSUME」とは「思い込みは厳禁」、「既製概念にとらわれるな」という意味だ。「常に目をこらす」ことが重要であり、今回「どんなところにでもインスピレーションはある」ということを我々に伝えるため、自身のアトリエの写真も公開。そして「いくら目をこらして見ても、何も得られないということは何も見ていないのと同じですよ」とさらりと言う。

例えば、絵画ひとつをとってもたくさんの色彩があり、音楽や舞台、写真でも、本などには、さまざまなインスピレーションがあふれている。彼はリトニアの大聖堂の写真の色彩をもとに、シャツやジャケットのデザインをした。ほかにも、グアテマラの本に収録されていた布の写真から、ストライプの靴下を生み出した。はたまた、日本を訪れていた際に大阪で遭った夜の渋滞を撮った写真から、鮮やかなスカーフをデザインする。自分のデザインを際立たせたいのならばインスピレーションに基づいて色を選ぶことはとても大事なことだ。そう語るポールの目には熱意が溢れている。

ポールのアトリエの写真も披露された

重要なのは「バランスをとること」

「なんでもかんでもコンピューターに頼るのではなく、カードや糸、いいなと思った写真からピックアップした色などから生み出されるものも大切にしてほしい」と、ポールはデジタル全盛の時代にあっても、自分の身の回りの生の情報を大切にしてほしいと訴える。「多くの人が考えているものでは意味がありませんし、ましてやほかのブランドを真似る必要なんてありません。それが"NEVER ASSUME"、既存のルールにとらわれないということであり、多角的にデザインを考えるということなのです」と付け足し、ともすれば大手ブランドの後追いをしてしまいがちな若者に向けて警笛をならす。

常に人を惹きつける努力をする、というのは大事なことであり、その努力のためには日頃からありとあらゆるものに興味をもってアンテナを張り巡らしていることが求められるのだという。ポール・スミスの店舗は世界中に数多く展開されているが、その全ての店が違うデザインやコンセプトで構成されていることも、彼のこういったポリシーに基づいたものだ。そして、こうしたポリシーこそが、彼のファッションデザイナーとしての成功にも結びついているのだろう。

講演の締めくくりに、ポールは「何度もいいますが"商業的に売れるもの"と"こだわりの作品"とのバランスをとることも決して忘れないでほしい。これから夢を実現していくみなさんが過去にとらわれず未来を見つめ、そして違いを打ち出して輝くことを願ってやみません」と、温かい激励の言葉を投げかけた。

生徒たちから贈られた作品の見本パネルに、ポールからのサインが

講演を終え、質疑応答になった時に「質問をする勇気のある方はいませんか」とポールはおどけて言った。おそらく日本人の控えめなところや引っ込み思案なところなどを理解していて、そう聞いたのだと思う。そして次の瞬間、彼は生徒達のおびただしい挙手と熱気に驚くことになる。多くの質問の中で、あるひとりの生徒が自分がデザインした女性物のカバンを見せてアドバイスを求めた時の答えが印象的だった。

生徒が作ったカバンを手に取り、眺めるポール

「カバンは女性にとって人生のすべてをいれるものだからね。携帯でしょ、手帳でしょ、ルージュにコスメ。彼女たちにとって、人生をぜんぶ詰め込んだ宝物のようなもの。だからサイズが実用的じゃないとね」。そのウイットに富んだ答えとチャーミングさ、そして確信をついた内容に、そこにいた人達全てが、男女問わずポールに恋をしたと思う。ポール・スミスというファッションブランドが輝き続けるヒミツの一端を確かに見せてもらった、そんな講演であった。