「"寿退社"なんてありえない」

近年、長引く不況と女性の社会進出などの影響によって、共働きの夫婦が増加した。

特に子供がいない夫婦の場合はなおさらだ。育児をする必要のない女性であれば、一日中家事をしているだけでは昼間の時間を持て余してしまうこともあるため、余裕のある時間帯にパートに出かけて、少しでも生活費の足しを稼ぐということも珍しくなくなっている。

また、一流大学を卒業した女性に多いのが、総合職として大きな会社でバリバリ働いているうちに仕事に生き甲斐を感じるようになり、さらにそれなりに出世してしまったものだから、結婚後も"寿退社"しないというケースだ。

いわゆる"キャリアウーマン"がそうなのだが、彼女たちの場合は結婚するにあたっても、「今の仕事は続けるからね」と夫に宣言し、夫もそれを了承しているわけだから、最初から共働き前提の夫婦ということだ。キャリアウーマンの妻にしてみれば、結婚後も仕事を続けるのは生活費の足しという経済的な理由だけでなく、自分の生き甲斐を守るというライフスタイルの問題なのだ。

昨年夏に結婚したばかりのD子さん(32歳)もそうだ。彼女は中高時代から勉強熱心な女性で、国立大学に進学すると、卒業後は大手メーカーの総合職に就職。企画・営業という職場の花形部署の主戦力の一人として仕事をこなし、成果をあげてきた。現在は5人程度の小さなグループではあるが、あるプロジェクトのグループリーダーに就任し、同僚の男性社員に指示を出す立場である。

D子さんはそんな仕事にやりがいを感じているため、昨年夏に結婚したときも、会社を寿退社することはまったく考えなかった。

その時のD子の気持ちを代弁すると以下のようになる。

「だいたい、ここで寿退社したら、中高時代から真面目に勉強を重ね、国立大学に進学した努力の日々はどうなる。女性のゴールが平凡な結婚生活だとしたら、わざわざ青春時代を勉強に費やさず、もっと遊んでおけば良かったのではないか。青春時代に勉強そっちのけだった女性と、自分のようにストイックな青春を過ごしてきた女性が、年を重ねて同じゴールにたどり着くのは、ホンネでは納得できない。せっかくグループリーダーにもなったのだから、今の仕事でますます成果をあげることこそ、これまでの自分の人生に対する最大の報酬なのではないか」

同い年の夫はそんなD子の決意に理解のある男性で、共働きを続けることについて了承した。夫としてはD子が仕事を続けてくれたほうが収入的にも助かる。たとえ妊娠したとしても、産休がもらえるなら、産休明けに再び仕事に復帰してほしいくらいだ。育児に関しては、互いの両親や保育施設のバックアップを得ることができればなんとかなるだろう。

外出しても"無欲"になった夫、「ホンネはどうなの?」

というわけで万事問題なく働く妻となったD子だが、実際に結婚生活が始まると、それはそれで新たな悩みが生まれた。

それは自分の収入が、夫のそれよりもはるかに高額であるということだ。

D子と違って、夫はウェブ制作などを請け負う企業に務めており、32歳ながら年収は300万円台。年2回のボーナスも少なく、福利厚生も充実していない。それでも夫はその仕事を好きでやっているらしく、転職するつもりはならいらしい。夫はもともと無趣味で物欲もなく、どちらかというとノンビリ屋なのである。

しかし、それでもD子は夫のプライドが気になってしまう。自分は年収800万円、夫の2倍以上も稼いでいる。結婚以降、生活費については共同口座を開設し、そこに夫から月々一定額を振り込んでもらって、あとは妻である自分がやりくりするというスタイルを採用しているのだが、正直なところ、夫からの振り込みに頼っていない。D子は夫が薄給であることを知っているため、「振り込みは月10万円程度でいいから、無理しないでね」という態度を示し、あとは自分の給料から補填しているのだ。

いくらノンビリ屋といっても、夫は内心これをどう思っているのだろう。本音では男のプライドがいたく傷つき、情けないような気持ちになっているのではないか。D子としては彼の人柄に惹かれて結婚したわけだから、夫が薄給であることに不満はなく、足りない生活費を自分が支出することにも異論はない。好きな仕事を自由にやらせてもらっているのだから満足だ。

現在のD子はたまに夫と外出しても、必要な代金を自分の財布から出すことが多い。

その結果か、夫はこのところ以前にも増して無欲になってきた。飲食店に入ってもあまり食べ物や飲み物を自分から注文せず、デパートに買い物に行っても、「俺は特に欲しい物がないから大丈夫」と関心を示さない。二人の貯金で購入した車も、気づくとD子ばかりが使用しており、夫が自分の用事で乗ることなどほとんどない。二人の貯金で車を買ったというのは、夫のプライドに配慮したD子の方便であり、本当はD子の貯金で買ったことに夫は気づいているのか。だからこそ、遠慮しているのか。

D子は自分の収入で二人の生活を支えれば支えるほど、財布は痛まずとも胸が痛むようになってきた。共働きの夫婦は、収入のバランスが重要なのだろう。妻が夫よりも高収入の場合、厄介なのは男のプライドかもしれない。そして、妻がそれを必要以上に気にしてしまう場合もある。

現在、D子は夫の本音を知りたくて、悶々とする日々を送っているという。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。1976年大阪府出身。早稲田大学卒業。『神童チェリー』『雑草女に敵なし!』『SimpleHeart』『芸能人に学ぶビジネス力』など著書多数。中でも『雑草女に敵なし!』はコミカライズもされた。また、最新刊の長編小説『虎がにじんだ夕暮れ』(PHP研究所)が、2012年10月25日に発売された。各種番組などのコメンテーター・MCとしても活動しており、私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。

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