理化学研究所(理研)は4月25日、脳波と筋電図を用いて睡眠覚醒状態を全自動で判定できる手法「FASTER(ファスター)法」を開発し、マウスを用いてその性能を実証したと発表した。

同成果は、理研発生・再生科学総合研究センター システムバイオロジー研究プロジェクトの上田泰己プロジェクトリーダー、砂川玄志郎研究生(現 生命システム研究センター合成生物学グループ リサーチアソシエイト)と徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部情報統合医学講座の勢井宏義 教授、大阪バイオサイエンス研究所分子行動生物学部門の裏出良博 部長、日本大学薬学部健康衛生学研究室の榛葉繁紀 教授らによるもの。詳細は日本の科学雑誌「Genes to Cells」に掲載され、同オンライン版に4月29日に先行掲載される予定。

多くの動物にとって、睡眠は必要不可欠な生理現象の1つであり、その状態は脳の神経活動を反映する脳波と筋肉の活動を反映する筋電図の波形にもとづいて、主にノンレム(Non-Rapid eye movement)睡眠とレム(Rapid eye movement)睡眠、そして覚醒の3つに分類される。現在の睡眠状態の判定は、最終的に脳波や筋電図の波形を人間が目視することが必要であることから、判定者の主観が入ることや、一定の誤判定が生じることが避けられず、判定速度にも限界があった。また、人間が判定に関与するため、動物の睡眠研究を大規模化できないという課題があった。

そのため、これまでにも人間の関与を減らすことを目指したさまざまな半自動睡眠判定法が開発されてきたが、以下の4つの問題点により全自動化は実現できていなかったという。

  1. 判定者の主観が入る:従来の睡眠判定アルゴリズムは、あらかじめ人間が提示した模範回答を基に機械学習により判定法を学習するものが主流だが、判定そのものの自動化は行われるものの、学習されたルールや基準に人間の主観が入ってしまうという課題があった
  2. 睡眠覚醒状態の境界線が特定しにくい:脳波や筋電図のデータが特徴的な状態を自動的に判定することは容易であるが、状態と状態の境界のような特徴が乏しい状態は判定が難しく、自動判定の障壁となっていた
  3. 睡眠判定にモデルをあらかじめ規定している:脳波や筋電図のデータから3状態に分ける際、事前にデータの分布を予測し各状態のモデルを規定しておくと、その後の分類が容易になるが、分布がモデルから大きく外れると分類そのものの正確性が落ちてしまうため、事前にモデルを規定するよりも、モデルを規定しない方が、さまざまな分布の測定データに対しても睡眠判定が可能となっていた
  4. 脳波の特徴抽出に特定の周波数領域を用いている:動物は個体によって睡眠時に得られるデータが異なることが知られている。例えばマウスは、系統によって睡眠時の特徴的な周波数帯域が異なることが知られており、現在、主流となっている特定の周波数帯域を用いると、他の周波数帯域に大きな特徴が現れた場合の判定の精度を下げる可能性があった

こうした課題の解決に向け、今回、研究グループは全自動睡眠判定法の開発に挑んだという。

1つ目の問題点の解決法としては、睡眠覚醒状態を判定する基準そのものは各個体間で固定化し、人間の主観が入る余地を可能な限りなく減らした。また、判定基準を固定化すると、個体のバラつきや余計な信号(ノイズ)に対して、判定精度が低くなってしまうことから、残り3つの問題点を解決することで、これらのバラつきやノイズを最大限減らすことを試みたという。

2つ目の問題点の解決法としては、従来の睡眠判定法は、一定時間(エポック)における脳波や筋電図のデータが持つ特徴を定量化し、それをもとにエポックごとの睡眠判定を行うものが主流であり、特徴が明らかなものの判定は容易であったが、状態の境界線上に位置する場合は、判定が困難であった点を考慮し、睡眠判定をする前に、客観的な手法によりエポックをいくつかのグループに分け、各グループの特徴から睡眠判定をすることで、こうした問題の解決が図られたという。

3つ目の問題点の解決法としては、ノンパラメトリック密度推定クラスタリングを用いることで、モデルを必要としない分類を導入。これにより、いかなるデータ分布であっても限局した数のグループに分けることが可能となり、未知のデータ分布の個体や系統であっても、分類が可能になったという。

そして4つ目の問題点の解決法としては、睡眠判定に用いられる脳波の周波数成分として、現在主に使われている代表的な周波数帯域だけではなく、記録している全周波数帯域を用ることで、エポックごとの情報量が増加するものの、主成分分析を用いることで特徴的な情報を効率よく抽出し計算を行うことを可能としたという。

問題点とその解決法の概念図。問題点1の解決法としては、判定者の主観を可能な限り減らすために、最終的な判断基準は固定化した。問題点2の解決法としては、状態と状態の間にあるようなエポックは境界線が引きにくいが、客観的な方法でエポックを数個のグループに分け、各グループの定量化したデータの特徴から睡眠判定をした。問題点3の解決法としては、モデルを規定しない分類方法を用いることで、個体による分布の違いを考慮する必要を無くした。問題点4の解決法としては、従来の睡眠判定では、デルタ波やシータ波など特定の周波数帯域の脳波だけで睡眠判定を行う例が多かったが、同手法ではすべての帯域を用いることとした

実際に、FASTER法の評価として、野生型のマウスの脳波と筋電図を用いて、従来の方法で熟練者が判定した睡眠覚醒状態を模範回答としてシミュレーションを行い、FASTER法に関わるパラメータの最適化を行った後、薬物で人為的に睡眠覚醒状態を変容させたマウスや体内時計を司る時計遺伝子を欠損させたマウスの睡眠覚醒状態を解析したところ、90%以上の正解率を得ることに成功したという。

FASTER法の適応例。FASTER法によって判定した睡眠覚醒状態(実線)と熟練した判定者が判定した睡眠覚醒状態(破線)との比較。夜行性であるマウスは明期に睡眠時間が多いが、明期に睡眠覚醒状態を変容させる薬剤モダフィニルを腹腔内投与したところ、人間による判定、FASTER法による判定、ともに覚醒時間が増えることが確認された

また、マウス1匹の24時間の睡眠状態を解析する場合、一般的なノートPCを用いると、従来法では約1~2時間の解析時間を必要としていたものが、FASTER法では10分に短縮できることも確認されたという。

なお研究グループでは、FASTER法は、睡眠判定過程を全自動化するだけではなく、睡眠判定の正解率および判定速度の両面においても実用的な手法であるといえ、これにより、動物を用いた睡眠研究の大規模化が可能となり、定量的かつ包括的な研究分野への発展が期待できるようになるとコメントしているほか、脳波と筋電図から睡眠判定を行う手法は人間でも行われているが、主観性や判定速度に関しても同様の問題を抱えていることから、同手法を応用することで、マウスよりも睡眠状態の種類が多く得られるデータ量も多い人間であっても、高精度の全自動睡眠判定の実現が期待できるとしている。