デザインのススメ

続いて、グラフィックデザイン専攻講師の小山明氏は『デザインのススメ』と題し、デザインを学ぶ上での基本的な知識と歴史を通して、デザイナーに必要な考え方について講演を行った。グーテンベルクの活版印刷機発明以来、人間には約500年にわたって印刷物と触れ合い培ってきた技術がある。それらは「深く理解し、利用しなくてはもったいない」という。

小山氏がデザインを学ぶ上で軸になるものとして採り上げたのは、デザイナーという職業を確立した人物とも言えるレイモンド・ローウィー(Raymond Loewy/1893-1986)と、芸術学校からひとつのデザイン史的潮流を生んだバウハウス。ローウィーは優れたデザインを数多く作り出しただけでなく、モノの機能に表層的な装飾を施すことで、デザインを"消費する"時代の原点にもなった。ローウィーは「美しさは簡素ではあるが、あまりに無味乾燥なものではない」という言葉を残している。彼は、人工物と人間が接する部分にあり、人の心を動かすものがデザインであると考えていたという。

レイモンド・ローウィーと彼の代表的なCIデザイン

逆に、バウハウスは極限まで装飾を排し、「形態は(常に)機能に従う」という発想によるものづくりを行った。必要とされる機能だけを形にする事で、モノのあるべき姿ができる。それが美しさであり、本質的なものを創れば永遠であると考えたのだ。それは絶対的な解ではなかったが、この考え方は後のデザインやデザイン教育に大きな影響を与えている。

現代的なデザインのバウハウス校舎と、装飾を排した道具のデザイン

小山氏は、「美しいものには惹かれます。伝わればいいなんてウソです。デザインに携わる人は、世の中を美しくすることができる非常にまれな立場にいるんです」と、デザイナーの存在価値について語る。

こうした美意識に加え、デザイナーは人の心を動かす手法として、情報がどのように流れ、どのように人の心に影響を及ぼすかを計画し、戦略的に実践する時代になってきている。これは、ものを創る道具や人に伝える媒体が変わってきたことによるものだが、例えば、従来高い技術が必要だった精緻な表現が、DTPによって誰もが可能になる反面、そのアプリケーションの範囲でできることしか発想できなくなる恐れがあることも理解しておく必要がある。

小山氏は、「デジタルはものすごく多くの情報を削除して成り立っているんです。僕らはリアルな感触や気持ち、感動を荒いビットの中でもう一度表現しなくてはならないんです。その方法や技術は、デザイナーがそれぞれ考えていかなくてはなりません。」と、デジタルだけでは補うことのできない部分の大切さを強調した。

コミュニケーションの切り口を考える(左:ネットがない時代のつながり/右:視覚障害者にだけ伝わるドアノブの点字)

同氏は、人とのコミュニケーションを探ること、人の心を動かすものを創ることがデザインの役目であるという考え方を、講演を通して繰り返し述べた。それを集約し、クリエイターにとって大切なものとして現したのが「Heart、Technique、Mechanism」という言葉だ。

いろいろなクリエイターがいる中で、変わらない大切さとは

「ハート」は、どんな気持ちで伝えるのかという点。心が無ければどんな技術も意味がない。「テクニック」は、どんなプロでも練習して身につけるもの。自分のハートを表現するための道具を使いこなす訓練は必須だ。「メカニズム」は、できること・できないことを知って可能性を広げるために重要なこと。不勉強は一緒に仕事をする人にとって失礼になると肝に銘じなくてはならない。

デザインの歴史は技術やムーブメントの変遷でもあるが、それを創ってきた"人"に学ぶ事に他ならない。デザインを理解するのは、その思想を理解することに通じるのだ。

今回の特別講座にはデジタルハリウッドの学生をはじめ、入学希望者や一般からも聴講者が来場した。両名ともに、講演の内容はデザインの本質的な話であるため、学生にとっては座学だけでは実感しにくい部分もあるかもしれない。しかし、社会に出て現場で、自分の頭で考えるようになる時、この講座で語られた内容は、仕事の骨格を形作る考え方を支えてくれるものになるだろう。