英ヘヴィメタル・バンド、アイアン・メイデンの元ドラマー、クライヴ・バーがこの世を去った。56歳だった。
1979年から1982年にかけてアイアン・メイデンに在籍していたクライヴは、1stアルバム『鋼鉄の処女』(1980年)、2ndアルバム『キラーズ - Killers -』(1981年)、3rdアルバム『魔力の刻印 - The Number Of The Beast -』(1982年)でドラムを担当している。56歳だったクライヴは、長年にわたって多発性硬化症を患って闘病生活を送っていたが、この度自宅で眠っているうちに苦しむことなく息を引き取ったと報じられている。
今回の訃報を受けて同バンドのベーシスト、スティーヴ・ハリスは「とても悲しいニュースだよ。クライヴは俺たち全員にとってとても古い友人だった。素晴らしい人格者で、アイアン・メイデンがデビューした当時に計り知れない貢献をしてくれた最高のドラマーだった。バンド全員や彼と親しかった人にとっては悲しい日になってしまった。クライヴのパートナー、ミミやご家族にお悔やみを申し上げます」と追悼の意を述べている。
また、1981年に同バンドに加入する前にはクライヴと共にサムソンというバンドに在籍していたボーカルのブルース・ディッキンソンも「クライヴがサムソンを抜けてアイアン・メイデンに入る頃に、俺はクライヴに初めて会ったんだ。クライヴは素晴らしい奴だったよ。自分の人生をまっとうした男さ。MS(多発性硬化症)と闘っていた一番暗い最中でさえ、決してユーモアのセンスをなくさなかったし、不遜な大胆さも失ってなかったよ。本当に悲しい日だ。ミミとご家族にお悔やみ申し上げます」と悲しみ、心情を吐露している。
多額の治療費が必要だったためクライヴには借金があったが、アイアン・メイデンは「クライヴ・バー・MS・トラスト・ファンド」として募金活動を目的としたライブを開き、2007年までにクライヴだけでなく他の多発性硬化症に苦しむ患者たちのために23万5,000ポンド(約3,380万円)以上もの金額を集め、闘病中のクライヴの生活を助けていた。
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