アベノミクスのメッセージ効果
アベノミクス効果で日本株式はこの3カ月間にざっと3割上昇、為替も2割もの円高是正を実現しています。この急激な変化には世界の金融市場も顕著に反応し、世界のマネー全体をリスクオンへと誘導して、日本の政策が本当に久々に世界中から注目されています。
アベノミクスの目的は、日本経済のデフレ脱却、そしてインフレ期待を醸成させて日本の名目経済成長率を高めようということです。
いま世間で専ら囃(はや)し立てられているアベノミクスは、日本銀行による大々的な金融量的緩和。つまりお札を大量に市中へ供給することで、インフレに誘導することだと単純に理解されているようです。
既に米国・欧州の中央銀行がリーマン・ショック以降実行して来た通貨安競争に、日銀もようやく参戦したと解釈されての円安進行があちこちで論評されています。確かに行き過ぎた円高の是正は日本の輸出企業の本業への業績改善に直結しますから、それが材料となって日本株は大型輸出関連銘柄が中心となって、これまで日本株全体の回復をリードしてきました。
しかしその因果関係だけでアベノミクスが論じられるのなら、あまりにもそれは浅薄でありましょう。
中央銀行の新たな役割
リーマン・ショック後の金融危機に対応して、米国では俗に「QE」と言われる大規模な金融緩和をいち早く実行して危機を脱しました。
この金融政策は実に大胆不敵かつ前代未聞のオペレーションで、サブプライムショックによって大暴落していた米国の住宅ローン債権を米連邦準備制度理事会(FRB)が買いまくることで、市場に資金供給したのです。
昨年欧州中央銀行(ECB)が決定した「OMT」と呼ばれる金融緩和政策も同様で、誰も市場に買い手が居なくなった南欧諸国の国債をECBが無制限に買いまくると宣言したわけです。
従来中央銀行の役割は資金供給、つまりもっぱら資金の出し手として解釈されてきましたが、今やその役割は最後の資産の買い手へと変貌したのです。この金融政策は教科書になかったことで、実はここ数年の間に大きな金融市場のパラダイム転換が起こっていて、今回のアベノミクスへの市場の期待も、この"ニューパラダイム"に則った日銀の政策転換を想定しているがゆえの、株式市場の上昇であると解釈すべきでしょう。
アベノミクスが目的とする「資産効果」とは?
アベノミクスがしっかり実行されるとすれば、日銀はこれからさまざまな金融資産を市場から買いまくることでしょう。おそらくその中心は年限の長い国債でしょうが、ETF(日本株式)やREIT(日本の不動産)も買い増しするとなれば、マーケットはどう反応するでしょう? 中央銀行が泰然と買い向かっているのを目の当たりにした市場参加者は、素直に追随するに違いありません。
リーマン・ショックの震源地だった米国では、今や株式市場が史上最高値更新目前です。米中央銀行がその資産規模をリーマン・ショック前の3倍にまで膨らませて、リスク資産を買い続けて来た成果としての株価水準だと言ってもいいでしょう。
そして株式市場が上がったなら、世の中でそれに対して怒り出す人はほとんどいないはずです。株式を持っている人ばかりでなく、みんなが気持ちよくなって楽観的になり、おいしいものを食べたり新しい服を買ったり旅行に行ったり車を買い替えたりと、消費が盛り上がってきます。そうすると企業の売上も増えて経済活動が活発になるのです。
これが「資産効果」と言われるもので、アベノミクスのデフレ脱却は資産効果を目論んだ政策なのです。アベノミクスの金融政策はあくまで経済再生に向けた環境作りであって、その先さまざまな規制改革など既得権益を次々と除去することによって初めて、新たなる元気な日本に生まれ変われるわけで、そのためにはまだまだ時間と覚悟と胆力を要するのです。
なぜなら失われた20年による日本経済の退潮はすさまじいもので、現状の構造下での潜在成長率はせいぜい0.6~0.7%程度と言われる体たらくです。もしアベノミクスが2%のインフレ率を実現できたとしても、同時に潜在成長力がそのままであったなら、私たち生活者の所得は決して上がらぬまま物価上昇に曝されるという、単に窮乏化を加速させられるだけの結果となり、換言すれば国民から政府への富の移転が起こるだけの政策だったということになってしまいます。
つまりアベノミクスが私たち生活者に相応の豊かさを連鎖させるには、潜在成長力をインフレ率以上に高めること、即ち今の経済・社会構造を抜本的に躍動感あふれる企業活動が出来る環境に転換させなければならないのです。
そのために「三本目の矢」たる成長戦略と呼ばれる、20世紀以来疲弊して不効率を温存する様々な制度改革と自由化を成し遂げて行くことなしに、アベノミクスの成功はあり得ないと言えます。
新内閣がまず勇ましく雄叫びを上げた大胆な金融緩和宣言ですが、それはアベノミクスの単なる序章であり、真の目的に向けた手段に過ぎないということです。
"勇気を持って行動する人"の時代に
安倍内閣の支持率は70%と、多くの国民が失われた20年からの脱却に向けて望みを託していることがわかります。
ところがおそらくそのうち大多数の生活者が、このたった3カ月間でこれまでひたすら抱え込んでいた預貯金の価値を、2割の円安進行によって世界水準で見れば2割も目減りさせてしまったわけで、果たしてどれだけの人達がそこへの気付きを持っているのでしょうか。アベノミクスを支持する一方で自分のお金を預貯金のまま抱え込んでいることの大きな矛盾! この事実に気付かぬなら、後で大勢の人達が慄然とするに違いありません。
失われた20年のデフレ時代には、結果的に「cash is king」。すなわち現預金で抱えていることが正解だったわけですが、日本経済が再生するための必須条件であるデフレ脱却へのアプローチとは、リスクを嫌い、行動を拒んできた人が大きなリスクにさらされる環境への大転換であり、他方で意志と勇気を持って行動する人が報われる時代の到来を意味します。
つまり既に長期投資をやっている人はとっくのとうにデフレからの転換到来を見越して自らお金を働かせていますから、この間の現預金価値減少をしっかり凌駕して、果実がぐっと育っているはずです。
手前味噌で恐縮ですが、セゾン投信のお客様はこの3カ月で大きく資産を増加させているわけで、アベノミクスは行動する人にちゃんと成果をもたらしてくれる社会構造へと日本を転換させることに他ならないと、長期投資家なら顕著に実感できていることでしょう。
執筆者プロフィール : 中野晴啓(なかの はるひろ)
セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1963年東京生まれ。1987年明治大学商学部卒。同年西武クレジット(現クレディセゾン)入社。セゾングループのファイナンスカンパニーにて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、(株)クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年セゾン投信(株)を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現させるなどにより、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。また、全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にするための活動を続けている。
公益財団法人 セゾン文化財団理事
NPO法人 元気な日本を作る会理事
著書
『運用のプロが教える草食系投資』(共著)(日本経済新聞出版社)
『積立王子の毎月5000円からはじめる投資入門』(中経出版)
『投資信託は、この8本から選びなさい。』(ダイヤモンド社)など
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