「イクメン」という言葉が流行語に選ばれたように、積極的に子育てに取り組む男性が増えている。しかしながら、男性にも権利があるにもかかわらず、育休をとるのは難しいのが現状だ。
男性が仕事をしながら育児に参加するためには、フリーランスで働くという方法がある。育児のために大手企業の技術職を辞め、翻訳者に転身した「子育て主夫青春物語『東大卒』より家族が大事」の著者である堀込泰三さんに、男性の視点での子育ての楽しさやライフワークバランスについてうかがった。
消去法からはじまったイクメン生活
――堀込さんは大手自動車メーカー勤務時に育休を取得したそうですが、男性が育休をとることに抵抗はありませんでしたか?
堀込さん「妻の職場は育休をとることができなかったので、私が育休を2年間取得しました。とくに子どもが好きだったわけではありませんし、最初は仕方がないから、という感じでしたね。
上司からは同期においていかれることを心配されましたが、大学卒業後に1年間、カナダへ留学し、それから大学院へ進んだ経験もあったので、ブランクは気になりませんでした」
――翻訳者に転身することを決めたのも育休中ですか?
堀込さん「そうですね。当初は育休が終わったら復職して、元の会社でバリバリ働くつもりでした。でも、子どもと濃密な時間を過ごしているうちに、だんだん考えが変わってきて。
ただ泣いているだけの息子が歩けるようになり、言葉を覚えていく過程も見ることができましたし、子どもに対する愛情も日に日に増していきました。
実際に育児をしてみると、やってみないとわからないことが多くて毎日が新鮮です。子どもだけでなく、自分も成長することができます。これは会社勤めを続けていたら得られなかったかもしれません。
育児に喜びを覚えた私は、家でもできる仕事を探してみることにしました。何をしようかと思ったのですが、会社で英文に触れていたことや、在宅可能な仕事ということもあって、翻訳にチャレンジしようと思ったのです」
――翻訳者は、ほとんどの場合フリーランスで働くことになりますが、奥さまは反対しなかったのでしょうか。
堀込さん「もちろん反対されましたよ。自分が大黒柱になるのは不安だと。しかし、妻のアメリカ転勤が、転機になりましたね。
一緒にアメリカへ行きましたが、在米期間中に育休が終わってしまい、私だけ日本に戻って復職しました。でも、家族がバラバラになってしまうことに耐えられず、妻に再び相談したのです。
それは妻も同じ気持ちだったようで、退職することを許してくれました。収入面の不安はあったはずですが、それよりも家族一緒に暮らしたいという気持ちが強かったからです。妻は慣れない土地で仕事と育児をしていたわけですから、私よりも大変だったと思います」
仕事への取り組み方も学んだ翻訳学校時代
――翻訳者になるにあたり、どのような努力をしましたか?
堀込さん「どうすれば翻訳家になれるのか調べたところ、翻訳学校へ通うことが近道だとわかりました。そこで、説明会の日程が近かったフェロー・アカデミーへ行ったところ、週1回通学する『翻訳入門』の講座がその週末からスタートすることがわかったんです。
私は土曜日のクラスに通うことにしました。それなら子どもは妻に見てもらえますし、フェロー・アカデミーに託児サービスがあることがわかったので、もし妻に仕事の予定が入ってしまっても安心だと入学を決めました」
――学校で学んだことで印象に残っていることはありますか?
堀込さん「講師の方から『分野に選ばれるようになりなさい』といわれたことは今でも心に残っています。どういうことかと言うと、自分で得意・苦手分野を決めつけるのではなく、とにかくいろんな分野にチャレンジしてみる。そうやって仕事をすることで、おのずと得意分野の仕事の受注が増えていくということです。
実際にフリーランスで仕事をしてみると、技術系の文書や契約書、ゲームの翻訳など、いろいろな仕事を受注します。ジャンルを選ばずに仕事をすることで、視野を広げることができました」
「実務」「出版」「映像」の翻訳3大分野のうち、契約書やマニュアルなど、ビジネスで扱われる文書を訳す実務翻訳の仕事需要が多数を占めているとのこと。海外とのつながりが深まるいま、どのような業界にも翻訳の需要が高まっている。
ライフワークバランスのとれた働き方を実現
学校を卒業後、トライアルに合格し、堀込さんは複数の翻訳会社に登録。在宅フリーランスの翻訳者として新たなスタートを切った。
――翻訳者という仕事の魅力について教えてください。
堀込さん「翻訳が必要な文書は、まだ日本で紹介されていない事柄を扱うことが多いんです。翻訳の仕事のほとんどは、調べものに費やすといってもいいくらいです。私はインターネットを駆使して、海外の情報を収集しながら翻訳します。知らないことを調べるたびに知識が増えますし、その業界について学ぶことがたくさんあるので、"知らないことを知る"という楽しさが魅力でしょうか。
また、この仕事はパソコンとインターネット環境さえあれば、いつでもどこでもできることも魅力です。仕事の受注・納品はすべてメールですし、辞書もパソコンにインストールすれば、持ち運ぶ必要もありません。
昨年は子ども2人と沖縄へ1カ月間遊びに行きました。昼は海で遊んで、仕事は夜にやればいい。こういう働き方ができるのも翻訳者のメリットといえます」
――逆に、デメリットはありますか?
堀込さん「前職に比べると収入がダウンしたことでしょうか。しかし、自分のペースで働いているので、これはしょうがないですね。もっと仕事を増やせば収入をアップすることはできますが、ライフスタイルに合った量を維持したいと思います。
翻訳者は自分で決めればいつまでも休むことができる一方、仕事が途切れてしまう可能性もあります。また、体調が悪いからといって、締め切りをのばすことはできません。そういう意味では会社員をうらやましく思うこともありますが、時間に余裕ができるいまの生活のほうが幸せですね」
――ほかにも、会社勤めとフリーランスの違いはありますか?
堀込さん「タイムマネジメントはフリーランスにとって重要なことです。仕事を先延ばしにしてしまうと、締め切り間近に徹夜するはめになります。夏休みの宿題を最後の日にやる子どものようですね(笑)」
――堀込さん、ありがとうございました。
自分の時間を大切にしながら働くためには、フリーランスという働き方がますます注目されそうだ。堀込さんのようなイクメンを目指すなら、時間と場所を選ばずに仕事ができる翻訳者の道もひとつの選択肢なのかもしれない。