カシオ計算機は2013年1月に米ラスベガスで開催されたInternational CESで、米国市場においてデジタルサイネージ(電子看板)事業に本格参入することを発表した。2012年11月に国内発表していた新型表示装置「カシオサイネージ」を用いた事業の海外展開で、米国法人や現地代理店を通じて営業活動を行う。
カシオサイネージは、同社のプロジェクター技術を応用した表示装置で、従来のプロジェクターが離れた場所にある幕(スクリーン)に映像を投影していたのに対し、本体に搭載した板状の専用スクリーンに広告映像を映し出すもの。スクリーンは本体の上に垂直に立てられており、投影された映像はまるで空間に浮かんでいるように見えるので、従来の映像広告に比べ大きな注目効果を期待できるのが特徴だ。
耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK」やデジタルカメラ「EXILIM」で知られるカシオがサイネージ事業参入、と聞くと唐突な印象があるかもしれないが、同社ではプロジェクター製品に用いるコア技術「レーザー&LEDハイブリッド光源」の応用展開をかねて検討しており、「約2万時間ランプ交換不要」という同技術の長所が活かせる分野としてサイネージ事業の可能性を模索していた。会議のときだけ点灯するデータプロジェクターとは異なり、サイネージ用途では終日つけっぱなしで使うことが前提となるので、長寿命光源を優位性として訴求できるためだ。
米国ではもともと大型ビルボードなどに強い需要があり、街頭や店頭における映像広告の浸透は早かった。フラットパネルテレビ等を使ったデジタルサイネージでもさまざまなビジネスが立ち上がっており、デジタルサイネージに向けた広告配信ネットワークやコンテンツプロバイダーも既に存在するなど、表示装置のみならず関連産業を含めた市場規模は日本に比べかなり大きい。
カシオは、いわばデジタルサイネージの"本場"で新規事業を立ち上げようとしているわけだが、当然のことながら、先行者がいる市場に後発のプレイヤーが入り込むのは容易ではない。そこで、カシオは従来のデジタルサイネージとは少し異なるニーズを掘り起こす戦略を採っているように見える。今回の新製品は、街頭や駅などの公共空間ではなく店頭や店舗内に設置することを想定しており、しかも大規模チェーン店だけでなく、中小店舗でも導入可能なところが最大のポイントだ。
店頭設置型のデジタルサイネージで課題となるのがコストだが、ハードウェアである表示装置のコストについては、リースやレンタルの形態を取ることで導入のハードルを下げることが可能だ。しかし、ソフトウェアに相当する広告映像は店舗や商材ごとにオーダーメイドで作成する必要があり、サイネージの注目効果を維持するためにはコンテンツの定期的な更新も必須となる。
この問題を、カシオサイネージでは音声合成技術や静止画からのアニメーション生成技術を用いることで解決している。店舗は、店頭で告知したい内容のテキストと、それを読み上げる人物の写真やイラストさえ用意すれば、カシオが音声付き動画を作成してくれるので、サイネージ用のムービーを撮影・編集する手間や制作費を抑えることができる。また、テキストや画像の差し替えだけで新たな広告映像を作れるので、社内に特別なスキルを持った担当者を置く必要もない。
テキストと静止画だけでアニメーションが生成され、音声付き動画コンテンツができあがる。スクリーンの一部領域はタッチ操作にも対応する。なお、スクリーンは人物の形に切り抜かなくても使用できるが、人物の周辺が白く光ってしまい新鮮味が低下するため、高い広告効果を得るためには切り抜きを推奨している |
コンテンツが投影されるスクリーンは平面だが、明るい映像が動きを伴って語りかけてくるので、サイネージを初めて見た来店客は立体映像に出会ったかのような驚きを得ることができる。スクリーンの一部は直接触れてのタッチ操作に対応しているほか、本体にはNFCリーダーライターを搭載できるので、簡単な情報端末、電子クーポン発行端末としても活用できる。
価格は初期費用を含め1台約1万ドル程度とされており、決して安い製品ではないが、2万時間の長寿命を活かして長く使えば、1日あたりのコストは小さくできる。このため、普及のカギとなるのは、長期的に店頭の集客ターミナルとして使ってもらうためのシステムの発展性だろう。
CESで行われた発表会ではスマートフォンに向けた電子クーポンの配布が提案されていたが、「なるべく現場の店に手間やコストをかけさせない」という製品特性に沿うならば、このようなクーポンの配布システムも、設置してすぐ利用できる形で提供できるよう、カシオ側で使い勝手の良いサービスパッケージを用意する必要がある。また、人物やキャラクターが来店客に語りかけるという新鮮さを活かせるような、よりインタラクティビティの高い映像コンテンツへの発展も期待したい。