映画『マディソン郡の橋』(1995年)や『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)、『グラン・トリノ』(2008年)などで知られる映画界の巨匠クリント・イーストウッドのたったひとりの弟子であるロバート・ロレンツ監督の初監督作品『人生の特等席』が現在、絶賛公開中だ。同作を制作するにあたり、同氏はクリント・イーストウッドからどんなアドバイスなどを受けたのだろうか。ロバート・ロレンツ監督に話を聞いた。
ロバート・ロレンツ監督 |
――初監督作品の公開おめでとうございます。
「とにかく誇らしい気持ちでいっぱいです。自分の頭で思い描いていた通りの作品になりとても嬉しかったので、そんな私の気持ちを日本の観客にも感じて貰えたら嬉しいです。また、素晴らしいキャストにも恵まれました。クリント・イーストウッドはもちろん、エイミー・アダムス、ジャスティン・ティンバーレイク、そしてジョン・グッドマンなどの脇役の本当に素晴らしい演技があったからこそ素晴らしい作品になったと自負しています」
――ロバート・ロレンツ監督は、クリント・イーストウッド監督の唯一の弟子だということですが、映画を撮影する上でクリント・イーストウッド監督から学んだ一番印象的だった事やアドバイスは何ですか?
「実は、クリントも他の監督からもらったアドバイスがあって、それは"どのシーンも、自分にとってこの映画の中で一番大切なシーンのつもりで作るといい映画になる"というものです。撮影現場で、監督として凄く力が入るシーンというのはありますが、編集の段階で別のシーンも同じように大切だったと気づくことや、大切にするべきだったと感じる場面が映画づくりには数多くあります。今回、映画を監督してみて、このアドバイスが凄くいいアドバイスだったと実感しています」
――先ほど、素晴らしい役者に恵まれたと仰っておりますが、監督流の役者の演技を引き出すコツとはなんでしょうか。
「役者同士がコラボレーションできる環境や雰囲気を作りだすことが秘訣で、それを作り出すことが、監督や製作スタッフが役者に対して出来る最高の貢献だと思います。実はこれもクリントから学んだことで、俳優として長年活躍してきたクリントならではの"経験"からくる考え方です。役者が一番いい演技を見せる時というのは、役者自身が率先して"何ができるか"を披露する場を作ることが大切だと思います。そして役者に"自分にはこういう演技ができる"という事を見せてもらった後に、必要であれば監督が調整を加えていくというやり方が一番良いのです。そうする事で俳優側も色々と演技を探求、追求でき、そして自由に演技ができるので、そういう環境づくりによって役者が最高の演技を見せてくれます。今回、クリントから学んだこの考え方を私も同じように応用して演出しています」
大リーグの伝説的なスカウトとして何十年と活躍してきたガス(クリント・イーストウッド)だったが、年齢的な衰えから視力も弱り、周囲からは疑問の声が上がりはじめる。その彼の目の代わりとなったのが娘のミッキー(エイミー・アダムス)。ところが、シングル・ファザーのガスと娘の間には、長年触れられることのなかった心の溝があった |
――今回、ご自身の初監督作品にこの脚本を選んだ理由を教えて下さい。
「キャラクターが現実にいそうなリアルさを持っていたこと、また、彼らが感じる気持ちや置かれる状況も凄くリアルなため、沢山の人に感動を与えられると思ったからです。また、父と娘の絆の物語は勿論、若い男性キャラクター、当然、野球という背景もあるので幅広い観客に伝わるのではないか、と思い選びました」
――同作は、新しい人材と新しい技術に追い出されつつある偏屈な老スカウトが主人ですが、現実社会においても新しい人や物にどんどん古いものが追いやられています。それは映画業界も同じだと思うのですが、今の映画業界にある3D映画やCG技術などの「新しい流れ」についてどうお考えですか?
「"新しい流れ"の登場は、本作のストーリーのように人生にも重要なことだと思います。そして新しいテクノロジーというのは映画業界にもたしかに登場していますが、何が重要かと言うと、"取り入れる・取り入れない"ということではなく、いかにしてバランスをとるかということです。新しい技術などを取り入れ、かつ、経験からくる"賢明さや聡明さ"と上手くバランスをとることが重要なのです。これは正に本作の主人公のガス(クリント・イーストウッド)が象徴していると思います。実際に、私とクリントの仕事上の関係でも同じです。私は新しいアイディアや新しい技術に興味を持ち色々と試行錯誤したいと思っています。勿論、クリントもそういう気持ちを持っていますが、クリントは同時に本作のガスのように自分の経験からくる"賢明さや聡明さ"とバランスをとろうとするんですね。それは自分たちにとってもとてもいいバランスを生んでいると思いますし、映画だけではなく、人生においても重要なことだと思います」
――今後マルパソ・カンパニー(クリント・イーストウッドが設立した映画制作会社)で3D作品を製作する予定はありますか?
「うーん(笑)。企画・題材・ストーリーがそれを求めていればアリだと思います。ただ、自分のことを古風とは全然思わないけれど、個人的に3D作品はストーリーに入り込めないことが多く、自然に思えないんです。数本の3Dを上手く取り入れた作品以外はちょっと苦手で入り込めないですね。他の技術はどんどん取り込んでいきたいと思っています」
――なるほど。最後に日本で映画監督を目指す若きクリエイターへ、何かアドバイスをお願いします。
「一つは"最後までやり通すこと"、二つ目は"長期的に物事を考えること"です。私たちはクリエイターとしても人間としても毎日"選択"をしてくわけですが、最終的に自分はどこへ行きたいのか、どうなりたいのかを考えながら選択することが大切だと思います。私も絵を描くなどクリエイティブなことが大好きなので、作業をすることで満足できることもあります。逆にどうなるか分からないけれど、時には作品の方から「どう作るべきか」を導いてくれるときもありその感覚が楽しいです。とにかく、クリエイティブに携わるならば“作る事”をとにかく楽しむこと、そしてやり遂げることが大切だと思います」
映画『人生の特等席』は、全国公開中。