佐久鯉は、背肉が盛り上がっていて体高があり、丸まると太っているのが特徴

平成20年(2008)、特許庁より地域団体商標登録の認定を受けた「佐久鯉(こい)」。鯉と聞くと「泥臭いのでは?」と思う人も多いのだろう。しかし佐久の鯉は、その印象を払拭(ふっしょく)させてくれるおいしさを持つのだそうだ。早速、そんな「佐久鯉」の魅了を探るため、話を聞かせていただくことにした。

江戸時代からつづく水田養鯉

獲れたての新鮮な佐久鯉

「今から230年ぐらい前に、大阪から持ち帰ってきた鯉が佐久鯉のはじまりと言われています。佐久では昔から、水田の中に鯉を放して養殖をしてきたんですよ」と話してくれたのは「佐久の鯉人倶楽部」の水間さん。

長野県佐久市では、古くから、佐久ならではの「水田養鯉」というものが行われていたという。水田養鯉は、水田に稚魚を放流し、稲作を行いながら鯉を育てるという養殖方法。当時、鯉の養殖には年貢がかからなかったため、田んぼを持っている人は、盛んに鯉の養殖を行っていたのだという。鯉を売ることが、貴重な現金収入につながったのだ。

5月頃、田んぼに体長1センチほどの稚魚を放流する。稚魚は田んぼにいる藻やプランクトン、また蚕のサナギを餌に育つ。佐久では「養蚕」も盛んだったため、蚕のサナギを鯉の餌にして鯉を育てていたのだそうだ。

鯉の旺盛な食欲によって、田んぼにいる害虫や雑草が激減するだけでなく、鯉が泳いだり土をつっついたりすることで、水が濁り、雑草が芽吹くのを防げたそうだ。

佐久の台所の下には、鯉のための池がある

やがて秋の落水期には、体長15センチほどの「当歳」(とうざい)と呼ばれる1年鯉に成長する。水田から引き上げられた鯉は、一部を残して背開きし、串に刺していろりの上につるされ、冬の保存食にされていたそうだ。

残された「当歳」は池で越冬する。当時、佐久の家の台所の下は、鯉を放すため池になっていて、料理のくずや、お茶を飲んだ後の茶葉などがそのまま池の中へ落ちる構造になっていた。放たれた鯉は、それを餌にして冬を越していたという。蚕のサナギもそうだが、佐久の鯉の養殖には無駄が全くないようだ。

そして翌年、越冬した鯉はその年の稚魚と一緒に水田に放養される。ちなみに、育てて2年目の鯉を「中羽」(ちゅうっぱ)、3年目の鯉を「切鯉」(きりごい)と呼ぶのだそうだ。

「他県では、年末に新巻鮭を食べるんだと思うけれど、佐久では鯉を食べてきたんですよ。それ以外に、冠婚葬祭などに鯉は欠かせません。ここ4年ほどでまた鯉をよく食べるようになったからか、年末にスーパーに行くと鯉がたくさんおいてあるんですよ」と水間さん。はて? 「最近」ということは、佐久でも鯉を食べなくなった時期があったのだろうか?

田んぼでは「稚魚」や「当歳鯉」の放流、鳥よけの糸張りなど行う

「生まれも育ちも佐久の鯉」を守るため

尋ねてみたところ、戦後、鯉の餌となるサナギの養蚕が廃れるとともに、水田養鯉も廃れはじめたという。さらに、昭和に入って除草剤が普及したことや、鯉が稲を傷つけるといった理由から、鯉を育てる人が減っていったのだという。

そうこうするうち、「佐久鯉」と呼ばれる鯉のほとんどが、茨城県霞ヶ浦から入荷した鯉を、しばらく佐久で育てたものになっていったのだとか。

佐久鯉を復活させようという機運が高まったのは、2000年に入ってのこと。市内の小学校に通う児童がつくった「佐久鯉」に関するレポートと、市への要望書がきっかけだったそうだ。

2003年には「鯉の文化を絶やしてはいけない」と、佐久商工会議所が中心となって、「佐久の鯉人倶楽部」を発足。その年に起きた霞ヶ浦のコイヘルペスウイルスによる鯉大量死を受け、コイヘルペスウイルスがいない水系の調査を実施。「佐久で生まれ、佐久で育った」鯉を守っていくための、様々な活動を続けてきたそうだ。

「佐久は酒もおいしいからね。鯉のあらいができあがるのを、お酒を飲みながら待つ。そして、プリプリの身をわさびじょうゆで食べる。酢みそじゃないよ。佐久の鯉は、昔からわさび醤油で食べるのがあたりまえ」と水間さん。

生まれも育ちも佐久の鯉ならば、臭みもなく身もしまっているから、わさびじょうゆが一番なのだという。思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうような話しぶりだ。自分たちで鯉を育てて、昔からの味を楽しみたいという思いが、この活動を続けてきた一番の理由なのだと、水間さんは楽しそうに話してくれた。

見た目も鮮やかで美しい「あらい」

佐久鯉の魅力とは

水間さんに佐久鯉の魅力を聞いてみた。すると、「まずは、他の魚にはない味ということ。それから、これほど料理人によって味が変わる魚もいないんじゃないかな。店によっては鯉を料理するために、みそでもしょうゆでも、なんでも自家製こだわっているというところもありますよ」とのお答え。

鯉料理を代表するおもてなし料理「鯉こく」。鯉の輪切りをしょうゆ、酒、砂糖でじっくりと煮込んだことで、トロリととろけるように身がほぐれる「うま煮」。そして、薄くそぎ切りにし、人肌の湯にサッと通してすぐに冷水でしめて食べる「あらい」は特におすすめ。

また、歌人・若山牧水が「鯉こくに 洗いに飽きて 焼かせたる 鯉の塩焼き うまかりにけり」と詠んだと言われる「塩焼き」もイチオシとのこと。

一般的に、鯉は2年で出荷されるが、佐久の鯉は冷たい流水で飼育されるため、成長が遅くなるのだという。しかし、そのことがまさに、佐久鯉の特徴である「引き締まった身」と「臭みのない肉質」をつくるのだ。

秘伝のタレが味の決め手だという「うま煮」

栄養がたっぷりと染み出した汁が美味しい「鯉こく」

以前、小学校で飼育していた鯉をどうするか、という議論が行われたという。「自分たちで育てた鯉を食べさせるのは残酷ではないか」という大人の意見をよそに、子どもたちからは「食べたい」という答えが返ってきたとか。同倶楽部では、地元の鯉文化を通じて、こういった「食育活動」にも力を入れているという。

佐久を代表する名物である鯉。この鯉のおいしさを生み出したのは、佐久の自然と、先人たちの知恵と努力にほかならない。そして今、その文化を絶やさないように努力している人がいることも、佐久鯉の魅力につながっているのではないだろうか。ぜひ、たくさんの「鯉人」たちがいる佐久に足を運び、鯉料理を楽しんでほしい。