メル・ギブソン作品の助監督から監督に

――監督と旧知のメル・ギブソンもこれまでにないタイプの役柄に挑戦していますね。

グランバーグ「彼の役名はただのドライバーですが、そこにメル・ギブソンという名前が加わることで、作品にもたらす影響が大きくなります。ドライバーはアメリカ人で、メキシコの刑務所では部外者なのですが、あの場所は彼にとってとても心地いい場所なのです。それは、外でやってきたドライバーの悪事が、刑務所の中では全て許されるからです。むしろ元々の彼自身の生き方のルールに近い部分があるので、しっくりくるのだと思います」

――メル・ギブソンが演じる主人公のドライバーという犯罪者に関しては、元軍隊でスナイパーだったという程度しか劇中では説明がありません。これは、意図したことなのでしょうか。

グランバーグ「ドライバーはどこから来たかわからないし、どこへ行こうとしてるのかもわかりません。そして本名も不明です。登場するキッドという子供や、そのお母さんなど、ほとんどのメインキャラクターの素性や本名もわかりません。僕はこの設定をかなり気に入っています。彼らを理解したり、感情移入するために、名前は必要ないのです。ドライバーはただ間違った時間に間違った場所にいたとしても、それに順応する人間なのです。だからどこから来て何から逃げるかも関係ないのです」

――グランバーグ監督は、デビュー作にもかかわらず、メル・ギブソンのような大スターを自由に演出しているという印象があります。

グランバーグ「確かに監督デビュー作でメルと仕事が出来たなんて夢のようです。『僕はラッキーな人間だ』と、昔から自分の幸運を信じています。もちろん努力も必要ですが、この仕事では運も大切です。メルが誘ってくれたからこそ、僕はこの映画を監督できたのです。僕が持っていたアイデアでも、願っていた事でもないですし、彼がなぜ僕を推薦したのかもわかりません。もちろん、これまでも彼のアシスタントをすることで映画監督として様々なことを学んできました。ふたりともカメラの後ろに立つと色々と勝手は違うけど、彼は終始僕をサポートしてくれています。僕が何をしようとしているのか理解して、可能性を狭めたり、自分のエゴで撮影現場をコントロールしたりするようなことは全くありません」

激しいアクションシーンが続き、刑務所の内外で多数の死傷者が出る作品だが、印象は明るい
(C) 2011 ICON FILMS, INC.

――この作品では激しい銃撃戦や、陰惨な拷問などのシーンがたっぷりあるのですが、かなりコミカルな印象も受けました。

グランバーグ「アクションシーンについては、とにかく各アクションが際立つようにしたかった。例えば、映画冒頭カーチェイスは、僕自身も他の映画で見た事がないようなシーンだと思います(※国境の壁を隔てて両サイドで激しい追走が行われる)。銃撃シーンに関しては、セルジオ・レオーネを意識しました。大量の血が流れて大勢の人が死ぬのですが、ユーモラスに見せることを目指しました。これはアクションシーンに限ったことではなく、この映画全体に言えることなのですが、ひどい状況で起きた深刻な事でも、全てコメディで包みたかったのです。時にはブラック過ぎるかもしれませんが、常に観客が笑える要素を入れています。『ただの映画なんだし、笑えないでどうする?』という気持ちはありますね」

映画『キック・オーバー』は2012年10月13日より、東京 新宿バルト9ほか全国ロードショー。なお、本作はR15+指定作品です
(C) 2011 ICON FILMS, INC.