米Appleが米Twitterへの投資に向けた話し合いを行っているというニュースが話題になっている。長年にわたってソーシャルメディアの世界への進出を試みてきたAppleだが、苦戦していた同分野での取り組み強化のための提携だというのが多くの見方だ。一方でIPOが絡んだ水面下での動きや独立性を重視したいTwitterの思惑もあり、事情はより複雑だといえる。このあたりの背景について分析してみよう。
Appleの弱点を補完する提携
この件は7月27日(現地時間)に米New York Timesが報じたものだ。それによれば関係者の話として、両社は過去数ヶ月にわたって戦略的投資について話し合いを進めているという。AppleはiPhoneなどの成功でモバイル世界でのプレゼンスを高めている一方で、ソーシャルメディアでのユーザーの取り込みに成功しているとはいえない。AppleではiPhoneなどのデバイスを通してモバイルアプリやゲーム、音楽/映画コンテンツなどの販売を行っているが、同時に人々はソーシャルメディアに費やす時間やお金を増やしており、同分野への取り組みの重要性が高まっている。投資を介したTwitterとの提携はその一環というのがNYTの分析だ。
NYTによれば、Appleは投資額として数億ドル相当を想定しているという。2011年時点でのTwitterの時価総額は84億ドル程度と推定されているが(Twitterは未上場なので主に発行株数と資金調達額が目安になる)、このAppleの追加投資により100億ドルを上回る時価総額になる可能性があるという。これが実現すれば、おそらくTwitterにおけるAppleの株保有比率は1~2割程度に上るとみられる。少し前まで1,000億ドル超といわれるキャッシュ資産を保有していたAppleにとってはそれほど大規模な投資ではないといえるが、将来的な成長が見込まれるスタートアップ企業の資産価値の2割近い金額を一度に拠出するというのは、業界全体にとってみれば非常に大きい話題になるだろう。
気になるのは、Appleが何を意図してTwitterにこの規模の投資を行なうのかという点と、逆にTwitterが何を意図してAppleからの投資を受けようとしているのかという点だ。最近デビューしたばかりのAppleの音楽ソーシャルネットワークサービス「Ping」がサービス中止の瀬戸際にあるという話に加え、直近のiCloudリリースまでWebサービスで迷走を続けるなど、iTunesを除いたオンライン戦略においてAppleが必ずしも強者でないことはすでに指摘されている。そこで提携によって戦略を強化しようというのは自然な流れだ。先週リリースされたばかりのOS X Mountain LionにはOS標準でTwitterと連携する機能が搭載されているほか、今秋にはFacebook連携も搭載されることがうたわれている。同様に今秋リリース予定のiOS 6でも、これらソーシャルメディアサービスとの統合が主な強化点とされている。このソーシャルメディアとの連携強化というのが1つの狙いだ。
そこで疑問となるのは「なぜこのタイミングで」「なぜTwitterなのか?」という2点だ。FacebookやLinkedInなど、Twitterのライバルと目されるサービスの多くが昨年から今年にかけて次々と株式上場(IPO)を達成しており、Twitterはどちらかといえばこの波に乗り遅れた感がある。一方で今後成長が見込まれる有望株として鳴り物入りでIPOした企業の中には、例えばFacebookやZyngaのように先行投資負担が重荷となって赤字を計上し、上場後わずかの期間で株価が低迷するなど、周囲の期待度が高すぎたという反省も出始めている。だがベンチャーキャピタル(VC)など、大手投資家の資金提供を受けた企業は「IPO」「会社売却」「定常的な高利益体質の実現」のいずれかを一定期間内に実現させねばならず、IPOや大手による買収を急かされているという事情もある。いまのTwitterには比較的猶予が与えられているとみられるが、それでも近い将来には上記のいずれかを達成することが求められてくるだろう。
MicrosoftとFacebookの関係にみる、IT大手によるSNSスタートアップ投資
昨今のIPOトレンドに乗り遅れているとはいえ、Twitterはいまだ成長が見込まれる有望企業の1つには間違いない。いずれ、自らがIPOするか、あるいは他社によって買収されるかの選択が行われるはずだ。筆者の予測としては、Twitterが自社の身売りを選択する可能性は低く、IPOなどで可能な限り自社の独立性を維持しようとするだろうと考えている。
その根拠の1つが今回のAppleによる投資話だ。Facebookが上場する5年前、2007年に米Microsoftが同社に2億4000万ドルの投資を行ってFacebook株のわずか1.6%を取得したという話題があった。これを逆算すると、Microsoftが投資した時点でのFacebookの時価総額は150億ドルとなり、上場前のベンチャー企業としては破格の価値となる。この投資を「愚かで金の無駄遣い」だと評する意見も当然あり、実際にこれで直接金銭的なメリットをMicrosoftが得たとは筆者も考えていない(現在のFacebook時価総額は500億ドルで、それを考えれば3倍以上のリターンがあるわけだが……)。
だが、MicrosoftのFacebook投資は数字以上の意味合いが同社にとってはあったというのが、後に業界関係者の間で見られた意見だ。この投資は、金額が大きいわりに得られた株式は全体の1.6%と少ない。だが、この投資によりFacebookの時価総額が吊り上がり、同社の買収を検討していた競合他社――例えばGoogle――が手を引かざるを得なかったという見方ができる。つまりMicrosoftによるライバル牽制と嫌がらせだ。実際、GoogleもApple同様、ソーシャル分野ではいまだに苦戦が続いており、Facebookの買収を阻んだ効果は大きかったといえるだろう。このMicrosoftからの出資にはGoogleによる買収を避けて独立性を維持したいというFacebook CEOのMark Zuckerberg氏の意志もあったといわれ、あえてこうした提携スタイルになったという。
これをTwitterに当てはめれば、Appleの投資によってTwitterの資産価値が逆算されることになる。その時価総額は100億ドルを超え、他社がTwitterを直接買収することが困難になるだろう。これにより「他社による買収(Buy-out)」という選択肢が消え、Twitterの一定の独立性が担保される。例えば「GoogleによるTwitter買収」という可能性は小さくなり、Appleとしても安心してTwitterのサービスを自社製品に組み込んで利用することができる。また、もし将来的にTwitterがIPOするというのであれば、株式の2割近くを保有するAppleにとっては非常に費用対効果の高い投資になる。どう転んでもAppleにとってマイナスになる可能性が少ない、今回の投資話というわけだ。