現在の一般向けデジタルカメラの礎を築いたモデル「QV-10」を発売したカシオが提示した、デジタルカメラの第2の革新。それが「EXILIM」(エクシリム)だった。シリーズ第1作である「EX-S1」が、「超薄型カードカメラ」という斬新なスタイルで市場の度肝を抜いたことを、鮮明に覚えている読者も多いことだろう。あれから10年。ひとつの節を迎えるにあたり、EXILIMというブランドの歩みを振り返るとともに、その行く先についてお話を伺うべく、カシオ計算機の羽村技術センターを訪ねた。
衝撃の薄さ「EXILIM」
今回お話を伺ったのは、カシオ計算機 執行役員 QV事業部長の中山仁氏。QV-10のプロジェクトにも商品企画として参画した、デジタルカメラ業界の生き字引ともいえる人物だ。
―― EXILIMの10年の歩みについてお話を伺えると聞いて、今日はこんな私物を持ってきました。
(中山氏)「あ、これはS2(EX-S2)ですか! 珍しいものをお持ちですね。これはEXILIMの最初のモデルであるS1(EX-S1)の直後に出したんですよ。こんな色(エンジ色)もあったんですね(笑)」
―― あの当時、胸ポケットからカメラをサッと取り出して写真を撮るというビジュアルは衝撃的でした。カメラをここまで薄くするというコンセプトは、どんなところから生まれたのですか ?
(中山氏)「それには、まず当時の背景についてお話ししなければなりません。カシオはQV-10を1995年に発売したのですが、それから5年が経過し、デジタルカメラはフィルムカメラに追いつけ追い越せと加速的に性能を上げて行きました。次は何十万、何百万画素モデルだと、センサーの画素数を競う画素数競争の中で、市場に多くのメーカーが参入してきました。そのうち、デザインも性能もフィルムのコンパクトカメラに近くなり、市場が踊り場に来ていたのです」
「EX-S1」 |
(中山氏)「このままでは、単にフィルムがデジタルに置き換わっただけで、カメラの台数が飽和し、あとは価格競争に突入するだけになってしまうという危機感がありました。カシオとしても、フィルムをデジタルにしたくてデジタルカメラを始めたわけではありません。撮影した画像をPCに取り込んで、それをインターネットで送受信するとか、そういった新たなコミュニケーションツールとして考えていた。これを新しい市場にしたかったのです。
そこで一度、開発スタッフを2つに分けました。1つは、通常製品の開発を続けるグループ。もう1つは、デジタルカメラを最初から考え直して、新たな研究開発をおこなうグループです」
中山氏と開発陣は、ここでデジタルカメラで本来やりたかったこと、フィルムではなくデジタルにしかできないものは何かを徹底的に議論したという。その結果たどり着いたのが、「超薄型」という形だった。こうして「Exmuse Slim」、ラテン語で「きわめて薄い」の意を語源に持つ、EXILIMという新たなブランドが誕生する。
(中山氏)「デザインについては、さまざま形状を模索しました。サイコロの形も考えましたね。どうせなら世界中を驚かせたい、という気持ちがあったのと、カシオにはカード電卓で培った薄型化の技術があった(編注:カシオのカード電卓には薄さ0.8mmのものもある)。やはり、当社のコアコンピタンス(他社に真似できない核となる能力)である薄型化や小型化を追求した形は、この薄型カメラだという結論に達したのです」
「EX-S2」 |
―― それはデジタルならではの形ですよね。フィルムカメラはパトローネ(フィルムの外装)の大きさより薄くはなりませんから。
(中山氏)「当時デジタルカメラはすでに約4千万台の市場を築いていましたが、依然としてイベントや旅行の際に持ち出すものでしかありませんでした。そこに、"常に身に付けていて、撮りたいときにサッと取り出してサッと撮る"という新しいスタイルを持ち込みたかったんです。
私たちは、QV-10の頃から"デジタルメモ"という用途を強く意識していました。その実現には、カード型のウェアラブルカメラ(身に付けるカメラ)という形状と、すぐに撮れる俊敏性が必要だった。そのために、あるセンサーメーカーとの協力体制で新しいセンサーを起こしたり…もう、コスト度外視で(笑)」
―― デバイスも形状も、すべて一から完全新設計だったんですね。
(中山氏)「そうです。これは、通常の製品ラインとは別の、"まったく新しいものを生み出す研究"だったからできたことですね」
この判断がEXILIMの成功につながっていく。だが、そのコンセプトも最初から市場に受け入れられたわけではなかったという。
(中山氏)「マーケティングでは最初は苦労しましたね。今までのカメラの常識からかけ離れたコンパクトさで、ズームも付いていないでしょ。モックアップ(形状試作)を持って流通を回ったときは、ただのトイカメラじゃないの ? なんて言われたこともありました。
でも、きちんと動作する試作ができて来ると、同じ人でも反応が変わるんです。これは面白いカメラだね、と言っていただける。持ち運びやすくて取り出しやすい、起動が速くてサッと撮れる。製品のコンセプトとデザイン、そして性能がマッチしていることを分かっていただけた瞬間です。この時点で、私たちの心配もやっと払拭されましたね」
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