海外の個人系ニュースサイトでは、Windows 8のRTM版(Release To Manufacturing、工場出荷版)が来月にもリリースされるという噂が流れている。それを裏付けているのか、Windows 8の公式ブログであるBuilding Windows 8の更新が滞ってきた。Windows 8の技術に関する記事は米国時間12日が最後。ここのところはMetroアプリケーションに関する説明が続いている。そこで今週は趣向を変えて、次世代のMicrosoft製品を支えるMicrosoft Researchの研究結果論文から、Wi-Fiテザリング使用時の省電力化を可能にする「DozyAP」について報告しよう。

Windows 8レポート集

スマートフォンの消費電力をプロトコルから改善

一昔前なら携帯電話とコンピューターを専用ケーブルで直結し、外出先での電子メール送受信などをビジネスに活用してきたユーザーも少なくない。しかし現在では、データ通信サービスを契約してアクセスしているユーザーが大半だろう。その一方で「テザリング」機能を使用するユーザーも少しずつ増えてきた。同機能は3G回線などを備える通信デバイスを外付けモデルのように使用し、接続したほかのデバイスにネット接続環境を提供するというもの。

数年前からスマートフォンユーザーの間で話題にのぼり、2009年6月にはiPhone(iOS 3.0)が正式サポートしたことで一躍注目を集めた。当初はUSB/Bluetooth経由で接続し、iOS 4.25からは無線LAN経由でのテザリングを可能にしている。しかし、テザリングを解放すると通信インフラへの負荷が増大するため、通信事業者にとっては悩みの種。

そのためAppleも、テザリング機能の有無は各事業者の判断に委ねており、日本でiPhoneを販売しているソフトバンクやauでは、同機能を無効にしている。Androidもバージョン2.2から同機能をサポートしているが、同じような背景で多くの端末で同機能を使用することはできなかった。ただし、昨年あたりからテザリングをサポートする端末も登場するようになり、NTTドコモでは追加料金を支払うことで同機能を有効にすることが可能である。

日本国内におけるテザリング使用時の、コストパフォーマンスやネットワークパフォーマンスを踏まえると、同機能のメリットを享受するユーザーは一部に限られているものの、さらに普及を足止めする要因の一つが消費電力だ。例えばiPhone 4Sの連続待ち受け時間は200時間だが、通話時間は最大8時間(3G回線使用時)となっている。同デバイスでテザリングを使用する際は、3G回線と無線LANを同時に使用するため、利用可能な時間はこの8時間を大きく下回ってしまうのだ。

テザリングのロジックを踏まえればすこぶる当たり前の話だが、この問題をクリアできる可能性が出てきたというのが今回の話。Microsoftの研究機関であるMicrosoft Researchが発表した「DozyAP: Power-Efficient Wi-Fi Tethering」は、テザリングの電力効率を向上させるための技術「DozyAP」を提案した論文だ。同技術を提案するのは、米ウィリアム・アンド・メアリー大学に在学すると同時にMicrosoft Research Asiaに所属するHao Han氏。この論文にはMicrosoft Research Asiaに所属するYunxin Liu氏らも名前を連ねている(図01)。

図01 テザリングの電力効率を向上させる「DozyAP」について述べられた論文。Microsoft Researchの「Our Research」ページからダウンロード可能

そもそも従来のWi-FiプロトコルであるIEEE 802.11では、PSM(Power Saving Mode:パワーセーブモード)という機能が備わっているが、同機能は低電力状態に入ると任意のデータを送受信することができなくなってしまう。また、単独のデバイスと接続する際のPSMは有益だが、複数デバイスが接続すると無駄な電力を消費してしまうという問題があった。

PSMの効率性に対する疑問は2010年にテキサス大学オースティン校のEric Rozner氏(現在はAT&T研究所所属)らとMicrosoft Research Indiaの所員が共同発表している(興味のある方は同氏の個人ページにある「NAPman: Network-Assisted Power Management for WiFi Devices.」を参照して欲しい)。Rozner氏はWi-Fiアクセスポイント側にNAPmanというソフトウェアを組み込むことで、クライアント側デバイスの持続時間を数倍に延ばすことが可能だと発表した。

このようにWi-Fiの省電力に対する研究はさまざまな角度から行われているが、今回のDozyAPはWi-Fi使用時のプロトコルに着目。アクセスポイントからクライアントへデータ送信を終えたとき、スリープモードに入るためのリクエストを送信し、再びデータの送信が始まるまでの間のクライアント側の省電力化を実現するという(図02)。

図02 同論文に掲載されている概念図とプロトコルのパケットフォーマット

早い話が"使わない間は電力消費を軽減する機能をWi-Fiプロトコルに組み込む"というものだ。実験ではSoftAP(IEEE802.11無線LANデバイスをアクセスポイントとして振る舞わせる機能。Windows 7からサポートされている)とiPhone 4など複数のデバイスを使用し、テザリング接続で省電力効率を検証している。同論文にはSoftAPと二台のクライアントを接続し、各種アクションを行った際の省電力結果が掲載されているが、平均して約11%の改善がみられたという。なお、図03に記載されているアルファベットは、「D=ダウンロード」「N=ニュースページ閲覧」「B=電子書籍閲覧」「V=動画のストリーミング再生」「S=Web検索」「M=地図ページ閲覧」「I=アイドル」を意味する(図03)。

図03 SoftAPと二台のクライアントを接続した際の省電力結果。平均して約11%改善されている

もちろんこれらの結果が、スマートフォンに反映されるのは今日明日の話ではない。OSを開発するAppleやGoogleといった企業がNAPmanやDozyAPを採用しなければ、エンドユーザーである我々の利益につながることはないだろう。これらの技術が今年中にリリースされるであろうWindows 8には組み込まれず、次世代のスマートフォンOSであるWindows Phone 8に採用されるかも定かではない。だが、近い将来に通信機能を使用する際の省電力化は進み、テザリングの普及を足止めする要因の解決は期待できそうだ。

阿久津良和(Cactus)