ここ何回かMWCに参加して思うのは、年々、参加者が増えてくることだ。参加者だけでなく、出展者も増えているし、取材に来るプレスも増えている。
かつて、さまざまなイベントがあったが、世界的に見て、その時点で世の中を動かしている分野は1つしかなく、1990年代まではPCが中心になったCOMDEXであり、2000年代には家電のイベントであるCESへ移った。
そして、今、中心はMWCへと移りつつある。こうしたイベントが扱うカテゴリは、その時点での「テクノロジ・ドライバ」とでもいうべきカテゴリだ。1990年代はPCそのものが中心だったが、2000年代にはPCがデジタル家電の仲間入りをすることで、デジタル家電がテクノロジ・ドライバとなった。そして、いま、スマートフォンを中心とした携帯電話がテクノロジ・ドライバとなりつつある。携帯電話分野といっても、単に端末だけでなく、ネットワーク側の機器も含まれる。それらは、かつては交換機と呼ばれたが、いまでは、ルーターや巨大なサーバーがその実体だ。
そして、今年のMWCでは、マイクロソフトがWindows 8のコンスーマープレビュー版を発表。インテルは、CESに引き続き、携帯電話に同社のプロセッサが採用されたことを発表している。この2つの会社は、COMDEX、CESの常連であり、MWCもまたそうなろうとしている。
しかし、ここには大きな「ねじれ」がある。マイクロソフトは、Windows 8で、ARMプロセッサをサポートし、インテルは、Linuxをカーネルに採用するAndroidに対応する。
マイクロソフトは、ARMに対応することで、バッテリで長時間動作する安価なハードウェアプラットフォームを手に入れ、iPadやAndroidタブレットなどの、先行するタブレットコンピュータ分野を狙う。タブレット分野は、いまやマイクロソフトにとって、最重要分野なのである。なぜなら、メールやWeb閲覧、そして簡易なアプリ(ワードやエクセルなどの大規模アプリケーションとの比較という意味で)という「カジュアル利用」分野は、iPadとAndroidタブレットに移行しつつあるからだ。このままでは、かつてNetbookが押さえていたような、カジュアルな使い方が中心で、コストに敏感なユーザーが非Windowsであるタブレットへと流出してしまうからだ。
そのために、マイクロソフトは、Windowsにタブレット向けの環境ともいえる「Metro」を導入した。Metro環境は、従来のWindows Desktopとは独立したソフトウェア実行環境であり、Windows Storeからのみアプリケーションがインストール可能な領域。専用のAPIセットであるWinRTを持ち、HTML5とJavaScriptなどでもソフトウェア開発を可能にする。つまり、iOSやAndroidタブレットと同じような環境を提供する。その上で、Windows 8は、従来のWindows 7までと同じDesktop環境持ち、従来のソフトウェアがそのまま動作する。GUIのベースは、指先での操作「タッチ」に最適化されているが、キーボード、マウスでも実行操作が可能だ。
PC業界のもう一方の雄であるインテルは、昨年、インフィニオン社からの携帯電話関連ビジネスを買収し、アプリケーションプロセッサであるAtom、ベースバンドチップと品揃えを拡大した。ブースだけを見れば、そこにプロセッサ専業のメーカーのイメージはなく、MWCに出展している他の半導体メーカーと同じく、携帯電話用のデバイスが並んでいる。また、今回は基地局など、携帯電話のネットワーク側で利用できる「Crystal Forest」プラットフォームも発表した。前述のように、すでに携帯電話などのネットワークは、IP化が進んでいて、交換機などは、インテル系プロセッサとLinuxなどからなる「サーバー」ハードウェアが実現しつつある。そこに、むけて、高速なパケット処理などを可能にする通信向けプラットフォームを提供するというのが「Crystal Forest」なのである。
昨年発表があったように、AtomシリーズとなるMedfieldでは、Googleとの提携により、最新版のAndroidが提供される。Medfieldでは、コード変換などの技術により、ARM向けのバイナリコードを含むAndroidアプリケーションがそのまま動作する。CESで発表されたAtom Z2460に加え、廉価版のZ2000および、デュアルコア、デュアルGPU化し、さらにクロックを2GHzにまで上げたZ2580を投入する予定だ。ただし、これらは来年の製品とされているが、プロセスは、32nmのままでMedfieldと同じプロセッサコアを使う。Atomマイクロアーキテクチャの変更は、22nm世代で行われる予定だ。昨年発表されたロードマップでは、2013年には、新しいSilvermontプロセッサコアが登場する予定になっている。現在の32nmのプロセッサコアはSaltwellと呼ばれているが、基本的に45nm時代のBonnellコアと同じマイクロアーキテクチャになっている。メインストリームのプロセッサでも、プロセスの変更とマイクロアーキテクチャの変更は同時に行わない「Tick-Toc」パターンを使っているが、急速に発達するARMコアに追従するため、昨年インテルは、3年間で14nmという最新プロセスへとAtomを以降させるロードマップを採用した。32nmのSaltwellはその第一段階となる。14nmプロセスのプロセッサコアは、Airmontと、22nmのコアと語尾が同じ「~mont」。メインストリームプロセッサのパターンからすると、「Sandy Bridge」、「Ivy Bridge」と同じく、14nmのAirmontは22nmのSilvermontと同じマイクロアーキテクチャと想像される。
そして、グーグルは、今年も昨年と同じ場所に大きなブースを設置、今回は、本物の(食べることができる)「アイスクリーム・サンドイッチ」を無料で配布していた。また、Android関連製品を扱う他社ブースには、Androidのマスコットを配置するなど、このイベントに大きな力を入れている。普段、あまりイベントに出てこないGoogleだが、同社会長のEric Schmidt氏は、もはや基調講演の常連。今年は、βテスト中のChrome for Androidをデモ。
これに対して、マイクロソフトもインテルも、MWCの基調講演には登場していない(パネルディスカッションへは参加したようだが)。両者とも、近隣のホテルで発表を行っただけだ。Googleは、Androidで「携帯電話業界」に仲間入りしたようだが、インテルとマイクロソフトは、認められていないのか、入るつもりがないのか、MWCでは、まだ「お客さん」状態を脱していない。ルーター有名なシスコ・システムズも、CEOのJohn Chambers氏が出たものの、パネルディスカッションのメンバーの一人に過ぎない。
ところが、FacebookのCTOは、単独で基調講演を行う。いまやFacebookなどのSNSは、携帯電話の主要な使い道であり、ユーザーはその利用時間の3割程度をSNSに費やすという。Facebookは、独自の支払いシステムFacebook Creditを立ち上げるが、その支払いについては事業者経由で行うことを可能にするという。
こうしたなか、スマートフォンのアプリケーションプロセッサとして、また、これからはWindows用のプロセッサとしても利用される英ARM社は、MWCにブースも持っていない。
ARM社は、ライセンスを行うのみで、実際のプロセッサ製造は、すべてライセンスを受けた半導体メーカーが行う。そうしたこともあってか、完全に「黒子」状態。MWCには、TI、NVIDIA、Qualcomm、Broadcom、ST Ericsson、Samsung、Marvellなどの数多くのアプリケーションプロセッサメーカーが大きなブースや独立した建物で展示しているのに対して、ARM社のブースは、目立たないかのように小さく、まるで、ライセンス企業を邪魔しないように黒子に徹しているかのようだ。
オペレーティングシステムを提供する企業では、会場内で大きな存在感を示すGoogleと、会場内での存在感の低いマイクロソフト、そしてプロセッサメーカーでは、大きなブースを会場のメインホールに持ち、ベースバンドプロセッサなどまでを展示するインテルと、自身は出展しないARMとそれぞれがやはり大きなブースを持つARMライセンスメーカー。MWCは、それぞれが対照的であり、PC業界でも大きな存在感を持つこれらの企業が、「ねじれた」かたちで激突している。
さらに、スマートフォンで高いシェアを持つApple社は、やはりMWCとは無関係、iOSアプリケーションの開発企業は出展しており、さまざまなiOS関連製品があふれるなか、会場内にはAppleの姿はない。
おそらくこれからの10年は、半導体やソフトウェアなどのさまざまな分野の「テクノロジ・ドライバ」となるであろう携帯電話。そのイベントであるMWC、その繁栄はしばらく続きそうだ。
関連リンク
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・【MWC 2012】いまそこにある機器 - 塩田紳二のMWCレポート (2012年03月02日)