携帯電話のイベントであるMoible World Congress(MWC)は、ここ何年か、出展者、来場者ともに増えつつある。そのためか、来年からは、同じバルセロナでも、会場を移しての開催となるようだ。

今年のMWCは、開催前に地下鉄やバスなどの市内交通のストライキが予定されていたり、開催途中で、デモ行進のため、会場前のイスパニア広場が封鎖されるなど、会場の外の騒がしいイベントだった。

MWCでは、毎年、いろいろなキーワードを耳にする。「スマートフォン /タブレット」は相変わらずの話題、そして高速通信の「LTE」も今年はやりのキーワードだ。

さらに事業者各社とも、データ通信量が増え、スマートフォンとの関係で、「インテリジェントパイプ」というキーワードがでできた。その反対語は、「ダム・パイプ」(Dumb Pipe)いわゆる「土管」である。事業者は、通信を流すだけの「土管屋」になるべきか、付加価値を提供する「インテリジェントパイプ」になるべきかというのがキーワードなのだ。

たとえば、ユーザーの持つ情報をネットワーク側に保存し、携帯電話のネットワークやインターネットなどのどの通信経路からも、どの端末やパソコンからも同じように情報にアクセスできるものを「クラウド」とし、こうした機能を提供することが、事業者の役目ではないかという主張があった。すでにグーグルなど、インターネットでクラウドを提供するサービスはあるが、携帯電話の場合、内部ネットワークにクラウドサービスを持つことで、セキュリティなどの付加価値を提供でき、ビジネスとしてありえるのではないかという話が出ている。

インテリジェントパイプにならない限り、インターネット側の企業に取られた主導権を取り戻せないという危機感もあるようだ。

携帯電話のイベントとして明るい未来を見せるためのキーワードが「スマホ、LTE、インテリジェントパイプ」というわけだ。

MWC裏のキーワード

しかし、これらは表のキーワード、MWCには裏のキーワードもある。それは「スペクトラム、ネットワークオーバーロード、シグナリング」だ。

スペクトラムは、周波数の割り当てに関することだ。程度は違うものの、いまだに世界中のどこでも、契約者数は増えており、多くの端末が登場する。このため、周波数が足りなくなるために、新たな周波数割り当てが必要なのではないか? これを「スペクトラムの問題」という。W-CDMAなどの3G方式では、隣接するセル(基地局がカバーする範囲)同士の通信を分離するために周波数を変えている。しかも、上り、下りで周波数を分けることで、それぞれを分離しているわけだ。これまで、過密した都市部などでは、指向性の強いアンテナを使い、1つのセルを複数のセクタに分けることで多数の端末に対応してきた。しかし、それが限界になると、こんどは新しい基地局を作る必要があり、そのためには、隣接するセルとは違う周波数を使う必要がある。

現在の周波数割り当てが限界に来ているので新たな割り当てが必要というのが「スペクトラム問題」なのである。

多くの国ではスペクトラムは、国が割り当てるものであり、携帯電話業界が危機だといっても簡単に割り当てができるわけではない。

もう1つの「ネットワークオーバーロード」とは、データ通信量が増大したため、ネットワークが過負荷になりつつあるという問題だ。スペクトラムは、セル内の主に電波に関係する問題だが、ネットワークオーバーロードは、そこに接続する端末が行うデータ通信の量が増えすぎて、事業者内部のネットワークが過負荷となり、端末が接続できない、パケットの排気が多数起こるといった問題が発生する。

そのためには、内部ネットワークを増強する必要があるが、そのためにはコストがかかり、低下傾向にあるデータ通信の価格、定額制といったものに影響が出てしまうわけだ。ところが、これまで、定額制をだったデータ通信を従量制に戻せば、ユーザーは定額制の事業者に移行してしまう可能性が高く、簡単には従量制に戻すことは困難なのである。

最後の「シグナリング」は、日本でも話題になった「制御信号」の多発により、交換機が過負荷になる問題である。携帯電話のベースには、有線の電話システムの考えがある。これは、通信の中身とその経路などの制御のための信号を分けて考えるネットワークだ。通信に対して、チャネルを割り当てる、通信が休止したので、通信経路を休眠状態にする、再開したので稼働状態に戻すといった制御を制御信号で行うのである。この背後には、いわゆる電話と同じ「回線交換」(Circuit Switching)の思想がある。

これに対してTCP/IPなどは、パケット内に制御のための情報を持ち、ルーターが自身の持つ情報を使って経路を決定する。送信前に経路がどうなるのかもわからないし、そもそも到達するかどうもわからない。これに確認や再送信などの機能を入れることで通信の確実性を高めている。

ところが、現在の多くのスマートフォンのアプリケーションは、通信をTCP/IPで行い、主にインターネット側のサーバーと通信する。

1つのアプリケーションが10分に一回、サーバーから情報をもらうだけのわずかなパケットが、多数の制御信号を生成してしまうのである。そのため、ユーザーのデータパケットを転送するネットワーク自体には余裕があったとしても、制御信号が多すぎて、接続された機器(パケット交換機など)が過負荷になってしまう。これが「シグナリング」問題だ。

表では華やかなMWCだが、こうした問題への危機感は共有しているようだ。ドコモの障害については、他の事業者や機器メーカーの多くが耳にしており、説明員などは、シグナリングというだけで「ドコモの件」と理解するようだ。

こうした「危機」の背景には、実はスマートフォンという「機器」の急速な普及がある。

MWCを主再するGSMAも、この問題に対して、「Network Un-Friendly」なアプリケーションの存在を指摘し、Network Friendlyなアプリケーション開発を可能にするOneAPIを提案している。

一方的にスマートフォンやそのアプリが悪いというわけではないが、ネットワーク側の対策はすでに限界に近づきつつあり、端末側の対応が必要になっていているようだ。