CESの初日の最初の基調講演は、CESのメインイベントともいうべき枠になっている。これまで、この時間帯には、松下やソニーといった家電メーカーが登場することが多く、マイクロソフトなどPC関連企業が多く参加するようになってからは、毎年交互に家電系、PC系の企業による基調講演がおこなわれてきた。
PCが一般化し「家電化」があまり主張されなくなってきたCESでここ数年、存在感を増してきたのが「携帯電話」関連の企業だ。
先進国のみならず、途上国でも携帯電話の普及は急速に進んだ。というのは、電話のネットワークを構築するのは、有線よりも無線のほうが簡単だったため、有線のネットワーク構築の遅れていたところは、2G世代の携帯電話のネットワーク構築を優先したからだ。
このため、携帯電話は、家電やPCと並ぶ、大きな市場を持つようになった。さらに携帯電話は個人と密接に関わる装置であり、通話だけなら何も難しいとこはない。このため、PCよりも普及の速度がはやく、あっという間に成長したわけだ。
マイクロソフトは、CES開幕の前日夜という自身の時間枠を作って、CESの基調講演とは別の位置を確保した。はっきりいえば、金があれば、そういうことができる。しかし、多くの企業はそこまではお金をかけられない。
携帯電話系の企業は初日朝以外の、いわゆる「その他枠」では、何回か登場したが、家電のイベントで、初日朝の基調講演を行うには至らなかった。
しかし、2007年のCESでは、モトローラが携帯電話メーカーとしてはじめて、この枠での講演を行う。当時、同社は世界2位の携帯電話メーカーであり、分社もされていなかった。このときにモトローラのザンダーCEOが見せたのが、電子ペーパーをつかった低消費電力の携帯電話。新興国は、携帯電話のネットワーク構築進んだが、電力は有線となるため、構築がなかなか進まない。このため、電力事情が悪いだけでなく、電力の供給されない地域も少なくない。こうした地域では、電気が来ている近隣の都市まで出かけ、そこで充電をするといったことが行われている。つまり、低消費電力で長いバッテリ駆動時間の機器が便利なのだ。
今回、ここに登場したのは、Qualcomm社だ。同社は、かつては携帯端末を製造していたこともあるが、メインは、CDMA技術をつかった通信方式の開発などで、日本のauが採用するCDMA2000(およびその前身となるcdmaOne)は、同社の開発による通信方式だ。かつては、電子メールソフトEudraの開発元として知られて居たが、現在では、同社の手を離れ、Firefoxの開発元となるMozillaでオープンソースプロジェクトになっている。
同社は、携帯電話用のチップセットの製造だけでなく、アプリケーションプロセッサとしてARMアーキテクチャを採用したSnapdragonシリーズを持つ。そのプロセッサコアは、ARMの命令コードを実行できるが、設計はQualcomm独自のものになっている。
ARMプロセッサは、原則、ARM社がアーキテクチャを定義し、プロセッサの設計を行う。半導体メーカーは、この設計を買い、周辺回路と組み合わせ「SoC」(System On a Chip)として製造する。
しかし、Qualcommの場合、ARMからアーキテクチャのみを買い、プロセッサコアの設計を独自に行った。そのメリットの1つは、他社との差別化が容易になるという点だ。
ARMから設計を買っている間は、他のSoCと同じコアしかつかうことができない。製造プロセスなどにより、多少のスペック差は出るものの、基本的には同一の性能となる。もちろん、自社で再設計して、スペックを上げることも不可能ではないが、パイプラインなどの設計が同じなら、クロックを二倍にするなどは困難、あまり大きな差を付けることはできないのである。
これに対して、アーキテクチャのみを採用し、自社で設計を行えば、ARMの物理設計よりも高い性能を出すといった差別化したプロセッサコアを作ることができる。もし、それが可能なら、他社に対して大きなアドバンテージとなる。
実際、Snapdragonが1GHzのクロックを達成した時点では、ARMの設計では1GHzを超えることはできなっかた。このため、XPERIAシリーズやNexus OneといったスマートフォンでSnapdragonが広く採用されていた。また、マイクロソフトも、Windows Phone 7の立ち上げ時には、Snapdragonを標準として指定した。
Windows Phone 7で標準プロセッサとなったSnapdragonだが、Windows 8もARM対応となり、SoC版の対応プロセッサの1つとしてSnapdragonが採用された。講演では、そのWindows 8をデモ |
SnapdragonのCPUコアは、最初に設計されたScopionと呼ばれるコアと、後継のKriteの二種類ある。最初のScopionの概要が公開されたのは2007年。それから、出荷まで、しばらくかかっており、1GHzのプロセッサとして広く採用されたのは2010年頃である。
ARM社の当時の最新プロセッサは、Cortex-A8で、クロック周波数は1GHzにまで上げられたものの、インオーダー実行だった。これに対して、Scopionは、アウトオブオーダー実行や投機実行が可能で、スーパースカラ機構、レジスタリネーミング機構も装備していた。いまから言えばCortex-A9世代を意識した設計だったわけだ。しかし、携帯電話用のアプリケーションプロセッサとしては、消費電力が重視される。Scopionもクロックゲーティングを行い、コア内を複数の電源ドメインに分割、必要な部分にのみ電源を入れるような構造になっている。
Qualcommは、はじめてPalmOSを搭載した携帯電話、つまり現在のスマートフォンの祖先にあたるものを開発した。もっとも、その携帯電話製造ビジネスは、2000年に京セラに売却される。
その点からすると、スマートフォンの普及をある程度は予測していたのであろうし、同社も業界をそういう方向に向けるべく努力していたのだと考えられる。その中で、他社よりも強力なプロセッサを提供できる意味は大きなものがある。
そもそも、CDMAは、「スペクトラム拡散通信」の一種であり、これは軍事技術として長らく民間利用が制限されており、それを携帯電話に応用したのがQualcomm社である。IMT-2000と呼ばれた3Gの規格策定に関して、既存のcdmaOneをベースにしたCDMA2000を3G規格に盛り込むように動いたことはニュースにもなった。いまでも、W-CDMAの携帯電話には、Qualcomm社の特許を利用していることを示すシールなどが貼られている。