マイクロソフトは、この15年間、CES開催前日の基調講演を行ってきた。もともと、Comdexで基調講演を行ってきたが、PCの一般化を受け、CESでも基調講演を開始した。当初は、CESでの基調講演は、前年11月にComdexで行った基調講演をベースにしたもので、恒例だった、「おふざけビデオ」もComdex向けに作ったものをCESでも公開するという手順になっていた。ComdexはPCやIT関係者向けであり、CESは家電関係者向けということで客層が重ならなかったのである。

しかし、Comdexは2002年を最後に以後開催されなくなり、CESの基調講演が、マイクロソフトが自社イベントを除いて、一般向けにメッセージを送る唯一のイベントとなった。

講演の最後に聴衆に別れを告げるマイクロソフト CEO スティーブ・バルマー氏

この15年間に、PCを取り巻く状況は変わり、マイクロソフトも大きく変化した。

当初、PCを家電にし、マイクロソフト自身もコンシューマーをターゲットにするといった方向があったものの、マイクロソフト自身は、企業向けのシステムへと傾斜していく。メインフレームの時代が終わり、インターネットをビジネスで利用する時代が到来し、米国での企業の基幹システムやメールなどのコミュニケーションのシステムにマイクロソフトのシステムを導入することが一般的となったからだ。簡単にいえば、当時は、コンシューマーよりもエンタープライズが儲かったのである。このとき、マイクロソフトの目は企業にのみ向いており、コンシューマーは、一部の事業部が行うビジネスでしかなかった。

たとえば、企業向けにExchangeサーバーとクライアントとしてのOutlookでメールとカレンダーなどを統合したシステムを提供する。ExchangeとOutlookを組み合わせれば、ユーザーは、複数のマシンで同一のメール、カレンダーに常にアクセスが可能となり、メールデータの同期などに悩む必要はなくなった。

個人向けには、そのOutlookをExchangeサーバーなしで動くようにしたが、複数マシン間の同期についてはなにもサポートせず、個人ユーザーは、デスクトップとノートPCでOutlookをつかうと、メールとカレンダーをどうやって同じに保つかを常に注意しなければならなかった。最後はWindows Liveでの同期機能が提供されたが、長期間にわたり、Outlookの同期機能は個人ユーザーには提供されなかった。個人向けに複数マシン間での同期機能が提供されてしまうと、これを企業が利用してしまい、Exchangeサーバーのビジネスに影響があると考えていたと言われている。

会社が成長する過程で、もともとエンタープライズ向けのビジネスを行っていたIBMなどの企業からの転職者が多くなるにつれ、エンタープライズ指向が強まるのである。マイクロソフトに限らず、Sun Microsystemsなどにも見られた傾向だ。

とはいえ、XBOXやSPOT、Windows Media Centerなど個人向けの製品もCESで発表されたこともないわけではない。しかし、Windows Media PlayerのPlay sureロゴプログラムのようになんだかよくわからない発表や、結果的に何もでなかったSlate PCの発表のようなものもあった。

その間に世界は大きく動いた。Googleがクラウドサービスを広告モデルで拡大し、コンシューマーは、そちらに流れていく。また、携帯電話市場が順調に拡大していく中で、iPhoneやAndroidがあっという間に市場を席巻した。携帯電話は、個人でつかうものであり、たとえ企業で契約してお金を出したとしてもコンシューマー製品に近い位置にある。ビジネス利用で有名なBlackBerryも個人契約となるブラックベリーインターネットサービスの利用者のほうが多く、大多数は、個人で購入してビジネスで利用する「プロシューマー」と呼ばれる層だという。

こうしたトレンドに対応できなかったWindows Mobileは、Windows Phone 7での巻き返しを図るものの、その舞台は家電のCESではなく、携帯電話のイベントであるMobile World Congressだった。

そのマイクロソフトが、コンシューマーへの回帰をはっきりさせたのが、昨年のCESの基調講演だった。昨年は、Windows 8のプレビューをしかも、ARMプロセッサに対応するという発表を基調講演で行ったのである。

ARMプロセッサでWindows 8を動かす場合、細かい部分は違うものの、現在のAndroidタブレットとほぼ同じハードウェアが利用できる。つまり、AndroidタブレットはWindows 8タブレットに転用可能なのだ。

昨年のCESで、マイクロソフトの関係者は、「今やコンシューマー分野が技術発展を駆動している。だからマイクロソフトもコンシューマーにシフトする」といった発言をしていた。

だからこそ、iPadやAndroidタブレット直接競合するARMプロセッサにWindows 8を搭載し、これをCESで発表したのであろう。

そういうCESの基調講演だったが、昨年末、2012年のCESを最後に基調講演を行わない旨の発表がマイクロソフトからあった。今回、最後の基調講演ということで、注目が集まった。

しかし、講演は、あまりいいものではなかった。はっきりいうと、これまでの中でも最低に近いものだった。野球にたとえていえば、引退試合で空振り三振というところだ。

わずかな新情報としては、Windows用の正式版Knectドライバが完成し、Windows向けのKnectパッケージが2週間程度で入手可能になるという点ぐらいだ。

また、昨年末に変更されたXBOX LiveのユーザーインターフェースがMetroであり、マイクロソフトは、PC、ゲーム機(TV)、携帯電話という「3つの画面」でメトロを標準にするとバルマー氏は語る。それで、今回は「メトロ、メトロ、メトロ」というわけだ。バルマー氏の講演では、Windows 3.0のときに「Windows、Windows、Windows」と三回叫んだことが有名になり、以後、同氏の基調講演ではキーワードを三回叫ぶことが行われるようになった。そのキーワードが今回は「メトロ」だったわけだ。

Windows 8のメトロアプリケーションのデモ。指先で絵を描くことができるという。ここで北斎に出会うとは思わなかった

XBoxライブのユーザーインターフェースもメトロになったという

Knectをつかったセサミストリートのインタラクティブサービスのデモ。マペットの要望に応じてものを投げる動作をすると、映像のマペットがそれを受け取ったりする

Windows用Knectの登場により、何社かがKnectとWindowsでのビジネスを検討しているという

筆者は、2003年からCESの取材を続けているが、今回ほど、がっかりしたことはない。筆者の仕事的にいえば、ほとんど新しい情報がなく、既存のものや既発表のものを見せただけで、ほとんど読者の方に伝えるものがないのだ。「つまらなかった」を伝えることほどつらいものはない。おもしろいこと、新しいこと、など何も伝えることができないからだ。筆者はこの講演を聴くために3時間も前から並んでおり、会場中央の最前列で取材することができた。隣には、米国マイクロソフト社の広報部門の社員と思われる女性が座っていて、ふとみると、Windows Phone 7でTwitterをつかっていた。「となりもメトロ」だったのか……。